dream〜2nd season〜
□第七話-休息-
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「いっや〜、一時はど〜なることかと思いましたよ〜。あっはっは」
病室で響く場違いな大声に、看護兵たちが顔をしかめる。
ベッドの上で痛そうに頭を抑えながら、エルミナが呟いた。
「…ね、ねぇ、パトラッシュ。どうしてあなたがここに?」
「へ?」
一瞬自分の名前だとわからなかったらしいパトリックが目を丸くした後、何事もなかったように笑顔で呑気に言い放った。
「大佐に大尉の様子見てきてくれって頼まれたんスよ〜。大丈夫ですか?」
「そうね…ありがと。あなたが来てくれたからもう大丈夫よ。大佐の所に戻ってそう報告してらっしゃ…い…ッつ…」
青い顔で痛そうに頭を抱えているエルミナに、パトリックが心配そうに言った。
「あ〜…無理しちゃダメですって…」
「ねぇ、悪いけど…」
「あ、そだ。お見舞い持ってきたんスよ〜」
「…ねぇ、パトラッシュ……」
「大佐に何持ってったらいいか訊いてみたんですけどね、何でもいい! とか言うから…」
「パトリック・コーラサワーッ!!」
初めて聞いたエルミナの怒鳴り声に、パトリックだけでなく、近くにいた人間全てが硬直する。
今にも崩れそうな歪んだ表情で、彼女は弱々しく呟いた。
「…一人にして……お願い…だから…」
誰もいなくなった病室でベッドに入って痛む頭を抑えながら考える。
看護兵が持ってきた薬は念のため飲んでいないが、意識不明の間に施された点滴の類は大丈夫だろうか。
自分は…何かされている。
リボンズからもらった薬の服用を中断してから頭痛薬は市販のものでなんとか誤魔化しているが、霧でも晴れていくかのように日増しに思考が透明になっていくのが自分でもわかる。依存症状は多少出たものの、根性で薬が身体から抜けるのをひたすら待った。
薬を抜ききってから気づいたことは、今の自分は明らかに異常だという事。
まず、アロウズに着任する以前の記憶がほとんどない。
断片的に思い出せる記憶はあるものの、時期や出来事が矛盾しており、事実かどうかさえも怪しい。
更に、着任してからの記憶も思い出せない部分が多い。人と話したことや出来事がおぼろげで、人から話の矛盾を指摘されても何のことかわからない。
薬を中断して以降、それらの症状もぱったりと収まったが、同時に今までの状態の異常さにぞっとした。
最も怖いのは、自覚できないということだ。
そのような状況に自分自身が何の疑問も持たなかったこと。あの薬を何の疑問もなく再び常用するようになったら、今度こそ二度と今の自分に戻れなくなる可能性すらある。
もし…また同じ状況になったら、今こうして考えていることすらまた全て忘れてしまうのだろうか。
心が奪われていく感触が、奪われていることにすら気づけない状態にされてしまうことが、どうしようもなく怖かった。
怖くて怖くて、それでもどこへも逃げられず、助けも求められず。
『自分だって双子だろうが』
あのパイロットは…一体なんなんだ…?
どこかで会った?
覚えはないと言ったが、今の自分が持っている記憶など何の役にも立たない。
会っていた可能性はあるが。
CBのテロリストと? あり得るのか?
しかし、どこかで会ったと感じたのは双子だと言い当てられたからではない。
これは…ただの勘なのか、それとも失っている記憶の断片に触れているのか。
それに。
あの頭の激痛はなんだったのか。
突然頭痛が起き始めてから、外の音は何も聞こえなくなったが。
頭の中で、呼ばれていた…ような気がする。
ずっと。誰かが必死に名前を呼んでくれていた。
誰……?
そういえば、あのパイロットも言っていた。
『おい、話を聞けってッ!!』
「話…」
確かめる必要があった。
怯えていてもどうにもならない。
とにかく現状を少しでも把握するしかなかった。
把握しなければならないこと。ここで…アロウズで自分に何かしている存在と、その目的。
CBのガンダムパイロット達があの時自分にしたことと、伝えようとしていた話の内容。
「とにかく体調を整えるしか…」
カティから出撃の許可をもらえないとどうにもならない。
そこまで考えて、思い出した。
「パトラッシュに…謝らなきゃ…ね」
ふぅ…とため息をついてリボンズは言った。
「いやはや恐れ入ったよ…。まさか気づいた上に自力で薬物依存を断ち切るとは。…ある意味では、彼女もそろそろ人間の枠を超えているのかも」
「どうでもいいけど、あの子どうすんのさ。めんどくさくなってきたんだけど?」
心底面倒くさそうに言うヒリングに、少年は言った。
「しばらく泳がせておくよ」
作ったイノベイド達と同じで、操ろうと思えばいつでも簡単に操作できる。
実験用の薬が人間ごときに効かなかったのは気に入らないと言えば気に入らないが。
所詮はただの人形だ。何故なら。
「彼女の心はもう、息をしていないからね」