dream〜2nd season〜

□第五話-俯けば絶望、見上げれば希望-
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「フェルトさん…」
 ドアを開けて、立っていた人物に思わず目を丸くする。
 少しばつが悪そうにしながら、それでもフェルトはマリーにはっきりと言った。

「この前は、ごめんなさい。感情的になってしまって…」





 女二人で、部屋で話す。
「皆さんの事、大切に思っているんですね」
 年上の女性とこんな風に落ち着いて話すのは、フェルトにとってずいぶん久しぶりだ。
「私の…家族ですから」
 まだ少し表情の硬いフェルトに、マリーが気をきかせて紅茶を淹れてくれた。
「美味しい」
 切なく笑いながら呟いたフェルトの表情の意味には気づかず、マリーが少し安心したように話し出した。
「…軍で一緒にいた人が、淹れ方を教えてくれたんです。初めはどうしてそんな面倒な手順で淹れるのか、不思議で仕方なかったけど」
 ソーマ・ピーリスが彼女から聞いた言葉を、そのままマリーはフェルトに言った。
「健康と美容のためにはこれが一番なんだそうです」
 しばらくして、フェルトがその言葉の続きを言った。
「…何故なら、美味しい紅茶とお菓子は笑顔のもとだから」
「え……?」
 フェルトがカップを握っている手が、少し震えていた。
 マリーが心配そうに、フェルトに言った。
「まさか…あの人…」
 知っている…のかとは訊けなかったが。
 フェルトの震えるような声が、俯いた顔から聞こえてくる。
「家族が生きていて……。嬉しいはずなのに…ッ。…嬉しいはずなのに…不安で……ッ。私……」
 だから甘えてばかりなのだ。
 自分がしっかりしなければいけないのに。
 ケルディムに乗って戦おうとするニールも、真っ青な顔で戻ってきたシヴァも、自分よりもっともっと辛いはずで。
「フェルトさん…」
 泣いてはいないようだった。しっかりと顔を上げてフェルトは言った。
「ごめんなさい。突然こんなこと…聞かせてしまって」
 マリーが首を横に振る。
「家族が心配で、不安なのは当たり前です」
 ホッとしたように少し微笑んでから、フェルトは言った。
「あの」
「何ですか?」

「教えてもらってもいいですか? 淹れ方。私…聞かなかったから。いつも姉さんに淹れてもらってばかりで…」





 少し救われたような暖かい気持ちになりながら、マリーにもらったメモを懐にしまう。
 大丈夫。あの人は変わっていない。
 紅茶の味も。昔のままの。
「フェルト」
 呼び止められて振り向くと、ニールとスメラギが二人で廊下に立っていた。
「どうしたの?」
 スメラギが硬い声で言った。
「シヴァが戻ってきてから顔を見なかった? トレミーに戻ってきてから随分経つけど、ずっと部屋にこもったままなの」
「部屋にロックをかけたまま通信を入れても反応がない上に、戻ってきてからあいつを見た奴が一人もいない」
 苦い顔で話すニールもスメラギも、フェルトと同じことを考えているようだった。
 昔、シヴァから聞いた言葉がフェルトの脳裏をよぎる。
『繋がってっから。エルと俺は』
 どうして…こんな大切なことを見落としていたのか。
 フェルトが慌てて彼が戻ってきた時にあったことを二人に話す。
「おいおい。まさかあいつ…ッ」
「まずいわ…。フェルト、彼の部屋のロックを緊急解除して」
「はい…ッ!」
 焦りで指が震える自分を必死に落ち着けながら、端末を操作する。
 落ち着け。落ち着け。
 開錠された扉を、ニールが部屋の中に声をかけながら開く。
「エド……ッ!!」
 硬直しているフェルトの目の前で、ニールが聞きなれない名前を叫びながら床の上の男を抱き起こした。
 必死に呼びかけているニールの声が、フェルトの耳にはやけに遠く聞こえる。
 明かりのついていない部屋で、ベッドまで辿り着けずにドアの傍で彼は倒れていた。
 おそらく、部屋に戻ってドアにロックをかけた瞬間、その場で限界が訪れたのだろう。
 戻ってきた時のパイロットスーツのまま倒れている彼の首元を開けて、ニールが肩から担いで急いで医務室へ連れて行く。
 その背中を見送りながら、フェルトは思わず顔を伏せた。
 あの時……無理やりにでも医務室へ連れて行っていれば…ッ。
 スメラギが、気休めにすらならないと知りつつ肩を落としているフェルトに言った。
「フェルトの所為じゃないわ」
「………はい」
 どうしてこんなにも…自分は無力なんだろう。
 いつも…いつも。





「それで、彼の容体は?」
 スメラギが、静かに答えた。
「診断結果は重度のストレスと過労よ。精神的なショックが原因じゃないかって話だけど、どちらにしても彼がカプセルから出てくるまでは、何があったかわからないわね」
 長いストレートの髪をパサッと服から出しながら、相手が返した。
「そうか…。これでますますライトが本人である可能性が高くなったな。シヴァがストレスを受けた原因が脳量子波の干渉だとしたら、そこまでの干渉を起こせる相手はライト本人しかありえない。僕が戻る前に彼の意識が戻ったら…」
「ええ。聞いておくわ。でもね、ティエリア」
「………?」
 真面目な顔でこちらを見ているティエリアに、スメラギは苦笑して言った。

「僕じゃなくて、『私』よ。口調にも気を付けてね」

 微笑んで、女性のような美しい声でティエリアは言った。
「ええ、わかりました」
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