dream〜2nd season〜

□第五話-俯けば絶望、見上げれば希望-
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 短い映像を見終わって、絶句しているアレルヤの背後でティエリアが短く言った。
「…本人だ。それ以外に考えられない」
「………嘘だ…」
 アレルヤの乾いた声が漏れる。歪んだ表情で俯いているアレルヤに、ライルが言った。
「なぁ、本人なんだったら、話してみりゃいいんじゃないか? なんか事情があるって可能性もあるだろ? なんだったら俺も今度また会ったら…」
 しかし、刹那が厳しい口調で言い切った。
「いや、その時は逃げた方がいい」
「はぁ?」
 変な声を出してしまったライルに、アレルヤが言った。
「刹那の言う通りだ。この人がもし本当に僕らの知ってるライトだとしたら…」
 ティエリアが続けた。
「次に戦場で出会えば君は確実に殺される。ライトは物言いこそ冗談のような人だが、敵をそう何度も見逃してくれるような人じゃない。この警告は本気だと考えた方がいい」
 スメラギが苦々しい顔で同意する。
「そうね…。逃げる敵を追いかけてまで撃ち落とすような子じゃなかったから…。戦意がないことを伝えられれば…殺されはしないと思うけど…」
 アレルヤが、低い声で呟いた。
「敵………」
 途端に静まり返ってしまった室内で、刹那が呟くように言った。
「たとえ本人だとしても、彼女は俺の知っているライトじゃない」
「どういうことだ? 刹那」
 訊いたティエリアの方は見ずに、刹那は答えた。
「わからない。何があったのか…」
 映像の中の彼女の表情はヘルメットでわかりづらかったが、それでも。
『大丈夫。お姉さんは、いつでも刹那の味方だから』
 あの時の言葉に嘘はなかった。
 あの人に二言はない。刹那の知る限り、拷問されたって約束を違える人ではない。
 彼女の頑固さと意地の強さは自分やロックオンといい勝負だ。
「…ロックオンには、このことを?」
 アレルヤの台詞に、刹那は即答した。
「俺が伝える」
 ライルが悠々と言った。
「その必要はないみたいだぞ、刹那」
「………ッ?!」
 いつの間にか開いていたドアのかげで、ニールが苦い顔で立っていた。
 ニールの隣にいたフェルトが慌てて口を開いた。
「アレルヤに、さっきのこと…お礼が言いたくて…ッ、探してたらロックオンが…スメラギさんとここに入るところを見たって…」
 ニールがいつもの軽い口調で言った。

「悪いな、みんなで気遣ってくれてたのに。…懐かしい名前が聞こえたんでつい、な」





「どう、思う?」
 ティエリアが慎重に訊いた。
 ニールは穏やかな顔をしていた。
 ライルが酷く苦い顔で自分と同じ顔を見下ろしている。
 沈黙が、しばらく続いていた。
 やがて目を軽く閉じたまま、ニールが言った。
「ライル」
「…なんだ?」
「一度きりでいい。ケルディムを貸してくれ」
 しかし、弟は歪んだ顔で笑った。
「はは…そうきたか。ほんっと勝手だよ。兄さんは」
「…俺の女は昔から民間人が戦場に出てくんのが嫌いでな」
 誰も口をはさめないまま、兄弟の会話だけが続いていた。
「へぇ…んじゃ兄さんは民間人じゃなきゃなんなんだ? 俺だってなぁ…ッ」
 しかし、最後まで言わせてはもらえなかった。

「お前じゃ無理だ」

 その強い言葉に、思わず目を見開いて絶句したライルの顔が、その次の瞬間、一瞬にして歪んでいく。
「………ッ!!! 勝手にしろ…ッ!」
 吐き捨てて、部屋を出て行くライルを見送ってから、アレルヤが遠慮がちにニールに言った。
「いいのかい? 彼はロックオンの為に…」
 軽く笑って、ニールが返す。
「困るだろ? あいつが殺菌されて缶詰にされちまったら」
 苦い顔でティエリアが訊いた。
「やはり、本人か…」
「こんなことを言う奴が他に何人もいるとは思えねぇだろ。それに…」
「それに?」
「…たまんねぇのさ。こんな酷ぇ顔見ちまったら」
「顔…?」
 訊き返してくるティエリアの背後から刹那が言った。
「ロックオン。ライトはやはり…」
 頷いて、ニールが厳しい表情で返した。
「だろうな。…少なくとも、何かあったことだけは確かだ」
 なんとなく意味を察してティエリアが言った。
「確かに、ケルディムの機体やライルの顔を見て何の反応もなかった時点で、記憶喪失の可能性は高い。最悪の場合、精神操作の類を受けている可能性もある。言いにくいが、彼女は元々…」
 アレルヤがハッキリと言った。
「僕やマリーと同じ。超兵だからね。少し頭の中をいじれば精神操作や人格の上書きなんて、いくらでも可能だ」
「アレルヤ…」
 スメラギの呼びかけには答えず、アレルヤは静かに部屋を出ながら言った。
「…ホント、嫌だよね」
 去り際に見せた鋭い眼には、彼の姉を玩具にした連中への酷い怒りが籠っていた。
 ティエリアが独り言のように言った。
「…ライトを利用している者…。それもやはり…彼らが…」
 先日、リジェネと名乗った自分と同じ顔のイノベイターが言っていたこと。
『ティエリア・アーデ。共に人類を導こう』
 そして…。
 ライトニングが何故か生きていて、アロウズにいたというこの現実。
 行けば…わかるのか?
「ロックオン、ケルディムで出撃して、ライトに会ったら…戦うのか?」
 心配そうに言うティエリアに、いつもの軽い笑顔でニールは言った。
「俺はあいつに会いに行くだけだ。その後の事なんざ、なんも考えてねぇよ」
「そんな行き当たりで…ッ」
「いいじゃねぇか。今は自分の思ったことをがむしゃらにやってみるしかねぇだろ? お手本になるやつもすぐそこにいることだし…な?」
 スメラギとフェルトが思わず苦笑して、刹那がムッとした顔でニールを軽く睨む。
 誰にも聞こえない独り言が、ティエリアの口から静かに漏れた。

「自分の思ったことをがむしゃらに…か」





「ライル、練習? 練習?」
 可愛らしい機械音声に、けだるい声が続いた。
「今はパスだ、ハロ。…そんな気分じゃねぇって…」
 ケルディムのコックピットにぐったりともたれかかって、ハロと話す。
 兄の言いたいことはよくわかっていた。
 今の自分の腕では確かにあの人には勝てない。というより、相手にならない。殺菌されて缶詰にされるのが関の山だ。
「…んなことわかってる…わかってるさ…」
 拗ねた少年のような声が、ハロしか聞いていないコックピットに響く。
「ライル、オコッテル? オコッテル?」
 気力の抜けた声が薄く開いたライルの口から洩れた。
「……。怒ってねぇよ…ハロ」
「ヨカッタ、ヨカッタ」
 細く開いたエメラルドグリーンの瞳が、ハロを見つめていた。
「ああ、わかってるさ…。あの人と話すのは兄さんじゃなきゃダメだって…俺にできることは何もないって…………」
 それでも。自分なりに短い期間必死にやってきた。このガンダムで。
「俺だってなぁ………力になりたいんだって………なんで……俺は……」
 擦れて消えていきそうな声に、ハロの心配そうな声がかぶさる。
「ライル、脳波レベル、落チテル。落チテル」
 ゆっくりと瞳を閉じながら男は呟いた。
「…兄さん……兄さんにとって俺は…」
 一体何なんだろう。
 子供のころから…ずっと。
「弟! 弟!」
 ハロの言葉に、ほんの少しだけ笑いがこぼれる。
「ああ…。その通りだ。わかってる。わかってるさ、ハロ」
 四年前に死んだと思っていた恋人が生きていたのだ。今は、ニールの気持ちを考えてやらないと。
「ハロ、兄さんのこと頼むぜ。一回だけでいいらしいからさ」
 笑顔でハロの頭を撫でるライルに、無邪気な声が飛んだ。

「マカサレテ! マカサレテ!」
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