dream〜2nd season〜

□第四話-家族-
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「しっかし、刹那も隅に置けねぇな」
 マリナを乗せてアザディスタンに飛んで行ってしまった刹那を見送って、ニールが楽しそうに軽口を叩く。
 フッと笑ってティエリアが言った。
「今の台詞を彼が聞いたら、嫌がるだろうな」
「そうやって男は磨かれていくもんなのさ。だからティエリアだってさっき…」
 なんなら、そのまま戻ってこなくていい。
 刹那にそう言ったのはティエリアだったが。
「軽い冗談だ。ところで、シヴァも出ていくと言っていたが、何か聞いているか?」
「ああ。一人で調べたいことがあるんだとよ。すぐに戻るっつってたし、ミス・スメラギも退艦許可を出してたから問題ないとは思うが…」
 いつの間にかどこかへ姿を消してしまった人間ならもう一人いた。
 カタロンのアジトに来てから、かなり長い時間姿が見えないライルに、ニールの胸中で思わず苦笑が漏れる。
 ライルの筋書き通りに上手く事が運んでいるのか、CBとカタロンは手を組むまではいかないものの、それに近い状態になりつつあった。
 敵になってライルが苦しむようなことにならなくて良かったと言えば良かったが。
 これはもうそろそろニールも共犯の域だ。
『…頑張れよ』
 不思議なもので。あれから特に二人で何か込み入った話をしたわけでもないのに、弟とは少しずつ会話する機会が増えている。
「エルミナ…」
 これで。常に持ち歩いている写真の中の彼女に、少しは前に進めたと報告できるだろうか。





 カタロンのアジトがアロウズの強襲を受けたのは、その翌日の事だった。





『養子の話…断るって、どうして…ッ? だってこの前あんなに…ッ』
 驚いて表情を硬くしている通信機の中のエルミナに、ソーマは俯いていた顔をそっとあげた。
「今、お部屋に失礼してもよろしいですか?」
 部屋にあがらせてもらって、エルミナに前回の戦闘で起きたことを話して、淹れてもらった紅茶に軽く口をつける。エルミナの淹れてくれる紅茶はいつも本当に美味しい。家に戻った時、セルゲイに淹れてあげたいからと淹れ方の手順を聞いたこともあった。
「…きっと、これは罰なんだと…思います。特務機関の超兵として…人を殺す兵器として戦うために生まれてきた私が…幸せを手に入れようなど…ッ」
 エルミナは黙ってソーマの話を聞いていたが、やがて、小さく言った。
「罰…か。それは一体誰に与えられた罰なのかしらね」
「…罰は…神が下すものだと認識しています」
「……神…」
 呟いたエルミナの頭の中で、誰かの声がした。

『この世界に神はいない。アンタはただ、許されたかっただけだ』

「……誰に聞いたか忘れたけど、この世界に神はいないって聞いたことがあるわ」
「…?」
「だから、自分の罪を神に罰してもらうことは…決してできない」
 息を飲んだソーマに、少し痛そうに頭を抑えながら、エルミナが呟くように言った。
「決めるのはあなた自身よ。自分で考えるしかない。あなたが幸せにならないことが…自分を罰することが、恩人を不幸にすることが」
「………」
「…正しいと思えるなら……」
 俯いて頭を抑えながら話し続けるエルミナに、ソーマが心配そうに言った。
「大尉。大丈夫ですか? まだ、お体の具合が…」
 体調が悪くて、今回のカタロンのアジトを強襲した作戦にエルミナは参加していなかった。
 本人は行くと言って聞かなかったが、カティが体調不良の者の出撃を許さなかった為だ。
「…平気。ちょっと…頭が痛いだけ…」
「頭痛…ですか?」
 それがただの頭痛でないことを、ソーマの脳量子波が告げていた。少し笑って、エルミナは言った。
「…軍人失格ね。体調管理もできないなんて」
「大尉は、何故軍人に?」
「え……?」
「い、いえ。申し訳ありません。立ち入ったことを…」
 しかし、ソーマが考えていたことと返ってきた返事は食い違っていた。
「違う…私は…なんで軍に入ったのかしら…? いつ…入ったの…?」
 ぶつぶつと呟いているエルミナに、ソーマが慌てて言葉を紡ぐ。
「私はただ、大尉のような方が戦う理由が知りたくて……。申し訳ありませんでした。自分が戦う理由など、私にはありません。私は、兵器として生まれたときから、戦うためだけに存在を許されていましたから…」
「…顔を上げて、ソーマ」
 いつものように階級ではなく、名前で呼ばれてソーマが短く返事をして顔を上げると、淋しそうに笑っているエルミナがはっきりと言った。
「ごめんなさいね。ちょっと取り乱しちゃって。私が軍人になった理由はちょっと思い出せないけど…。私が今戦っているのは、私が戦えば、戦わなくて済む人がいるからよ」
「それは、誰ですか?」
「誰でもないわ。私が戦場に行けば、戦場に行かなければならない軍人が一人減る。私が戦場で十人分働けば、十人減る。…それだけでも、戦う理由としては充分じゃない?」
 前向きな考え方だと、ソーマには思えた。そんな風に考えていれば、超兵として普通の人間より何倍も戦えることすらも、誇りに思えるほどに。
「軍人として、とても立派だと思います。私もそう思えたら…」
 満面笑顔のエルミナが言った。
「さっきの話、スミルノフ大佐にはまだ連絡してないのよね?」
「……はい」
「もう少し、考えてみたらどう?」
 ソーマが少し紅潮した顔で微笑む。
「そう…します。ありがとうございました、大尉。そういえば、大尉にはご家族は?」
「両親は小さいころに死んじゃったわ。兄もいたんだけど…」
 そこで少し視線を宙に浮かせてから、苦笑したままきっぱりとエルミナは言った。
「…子供の頃に、死んじゃったの。だから今は一人よん」
「そう…でしたか」
 その後、たわいない会話を交わしてソーマが帰った後、ベッドに仰向けに転がって額に腕を乗せる。
 やはりまだかなり頭が痛い。
 このところあまり考えることもなかったが、両親はいつ、なぜ死んだのだったろうか。
 それと、兄も。みんな、確かにいたことは思い出せるのに…。
 家族の死んだ理由すら思い出せないなんて。いくらなんでもどうかしている。
 軍人を志した理由などもう思い出せなくても構わないが、家族の事を忘れるなんて…。そういえば…軍に入る前は…一体どこで何をしていたんだったか。
「………軍に入る…前…」
 呟いた瞬間、頭に激痛が走ってベッドの上で悶絶する。
 何か…思い出したくない出来事があったような気がする。文字通り死にたくなるほど…辛いことが…。
『あまり、嫌なことを無理に思い出さない方がいい。人間の心は、脆いからね。頭痛が辛くなったらこれを飲むといいよ』
「リボンズ…」
 彼は一体何者なんだろう。アロウズの関係者だと言っていたが。
 もらった薬を服用すると、確かに頭の激痛は嘘のように引く。何度か飲んだから知ってはいる。しかし…。
 今回の出撃前に痛くなったときはあえて飲まなかった。
 何故なら…あの薬を飲むと…。

 あの薬を飲むと、思考が変わってしまう。

 何故かそれまでおかしいと思っていたことや、考えていたことが、おかしいと思えなくなる。おかしいと考えたことの方がおかしかったのだと思えるくらいに。楽観的になって、気分が良くなる。そして、何日か経ってそんな風に考えた自分を不思議に思ってまた考え込みだすと、頭痛がして薬が欲しくなる。
 何回かそれを繰り返すうち、あれがただの頭痛薬でないことに気づいた。依存性のある薬物である可能性に気づいた以上、これ以上の服用は危険だ。
 痛む頭を押さえて呻きながら、今、自分の身に起きていることを考える。
 …考え続けていた。
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