dream

□第十五話-ティエリア・アーデ-
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 あの時。
 命令違反の理由をライトニング・ランサーに問いただした時、彼女はティエリアにこう答えた。

『私が…人の子だからよ』




 人の子…そう。そういう、ことだったのか。
「君には…兄がいたのか。そして、その兄も超人機関にいた。だからあの時…それを調べるために命がけで超人機関に行ったのか」
 驚きながらも淡々と話すティエリアに、軽く頷いてライトニングが言った。
「私の記憶が戻った時、兄さんがすぐ傍にいたからね。確実に兄さんも同じだと思った」
 ティエリアが苦い顔で呟いた。
「何故…言わなかった? あのミッションが決まった時に」
「ガンダムマイスターだから…」
「な……」
「前に言ったよね? 私が勝手に出て行ったのは、私も人の子だからだって。けれど、あの時のミッションを個人的な理由で中止してほしいと言い出さなかったのは、私がマイスターだから。…我ながらなかなか不器用だと思うけど、ね」
 苦笑しながら話すライトニングに、思わず同じような顔で笑ってしまってから、ティエリアはそっと言った。
「そうか…」
 ライトニングが微笑んで続けた。
「ごめんなさい…ね。私が自分の記憶がないことに対して、もっと早く疑問に思って調べていれば…あんなことにはならなかったのに。何も思い出せないことに対して、精神的なショックが強すぎる所為だって医者に説明されて、何の疑いもなく信じてたのよ。あれは正直、一年くらい記憶がなくなっちゃったってしょうがないくらいの出来事だったし…思い出そうとも、思い出したいとも思わなかった。記憶にない一年の間にあったことは…とても大事な事だったはずなのに、知るのが怖くて…アレルヤに話を聞くまでずっと…逃げ続けていた。それがいけなかったのよね…」
 まさか脳がいじられているなんて思いもしなかった。
「それは、君が謝罪することじゃない。ライトニング。…正直に話してくれたことには、感謝する」
「ティエリア…」
「だが、一つ訊きたい」
「ん?」
「君は何故そんなことを笑って人に話せる? 何故そんな顔をしていられる…。僕には…理解できない」
 思わずスメラギが目を丸くして呟いた。
「ティエリア…あなた…」
 少ししてから、ぽつりぽつりとライトニングが口を開いた。
「…私が泣いて、それで世界が少しでも良くなるなら、いくらでも泣くんだけど…ね」
「そんな話をしているわけではない。僕が訊きたいのは…ッ」
「ティエリア。君が訊きたいのは、私が傷ついてないかってことよね?」
 真っ直ぐな、吸い込まれそうな瞳だった。
「……ッ、それは…」
「君は、怪我をすると痛いって感じるのよね…」
「どういう意味だ?」
「痛みを感じる生き物ってのは、他人の痛みもわかっちゃうのよね…。だから、優しくなれる」
「……」
「君が私の心が傷ついていないか心配してくれるのは、君が心の痛みを感じるから。なら…ティエリア、あなたは人間よ」
「ライトニング…ッ、あなたは…僕のことを……」
「確かに君の言う通り、笑ってこんなこと人に話せるなんて正気じゃないわよね。でもね、ティエリア」
「……」
「私たちは、世界に憎しみや恨み言をぶつけたいわけじゃない。酷い目に遭ってきたからって、仕返ししたいわけでもない。まして、世界を滅ぼしたいわけじゃない。世界を…変えたいのよ。戦争に…テロに…運命を狂わされる人がこれ以上でないように。なら、笑ってた方がいいでしょ? そのほうがきっと、いい世界に変えられるわ」
 笑顔で話すライトニングに、ティエリアが言葉を失っていると、スメラギが小さく笑って呟いた。
「…強くなったわね。ライト」
 軽い声でライトニングが言った。
「強くないから昨日あーんな恥ずかしいトコ見せちゃったんでしょうが。あれじゃ…ダメよね。ほんっと…弱くて自分でもやんなっちゃうわよ。でも……」
 ティエリアの眼を真っ直ぐ見つめて、彼女は言った。

「変わる」

 呆然としたまま、ティエリアはつぶやいた。
「変わる…」
「そそ。今よりもっと強くなるの…。世界の悪意とか、理不尽とか、歪みとか…そういうものから逃げずに正面から向き合っていくために…ね」
 珍しい表情で軽く笑って、ティエリアが言った。
「あなたは、今のままで充分だ」
 少しだけ照れくさそうに笑って、ライトニングは言った。
「ありがと」
 妙に暖かい空気だった。
 少し間をおいてから、いつもより穏やかな声でティエリアが訊いた。
「ライトニング、あなたが超人機関から脱出できたのは…やはり…」
「ええ。ティエリアが想像している通り。私が記憶をなくしている間、超人機関の被験体だったにも関わらず施設から逃げられたのは…兄さんがいたから。何も覚えてないけど、そのデータに書いてあった。兄さんが助けてくれたらしい…。私の記憶が戻ってから私が立ち直れるまで…ずっと一緒にいてくれたから、そうじゃないかなって気はしてたけど」
「ライト…」
 思わず呟いたティエリアに、ライトニングが遠い眼で告げた。
「ところが……その兄さんが、ガンダムに乗っている。…この前話した、四機目のガンダム…」
「…ッ。そう…か。だから相手はライトのことを知って…」
 ティエリアが叫んだあと、スメラギが硬い表情で訊いた。
「でも、トリニティは四機目のガンダムについて何も知らなかった…。仮に知っていたとしても守秘義務があるとか言ってたけれど、おそらく…彼らは知らない。ライト、お兄さんの目的がなんなのか、想像はつく?」
 ライトニングが天井を仰いだ。
「それなのよね〜…。兄さんがガンダムで何をしようとしているのか。世界征服とかじゃなきゃいいけど…」
 苦笑しているライトニングに、スメラギが訊く。
「そういうことを…しそうな人なの? ライトのお兄さんって…」
 満面の笑顔でライトニングが答えた。
「んー…割と冗談抜きでやりかねないわね。身内の私が言うのもなんだけど、スペックは昔から高かったからね…。子供の頃の話だけど、機械いじりやクラッキングの腕は私より良かったわ。当時からそれだから、今でも私より上なんじゃないかしら? あと、さっきスーちゃんに渡したデータを見てもらえばわかるけど、超兵としての評価もなんかすごいことがいっぱい書いてあったわよん? うちの兄さん」
 その話が本当なら、パイロットとしてもライトニングを上回っている可能性が高い。
 ティエリアが柔らかい声で言った。
「あとで拝見させてもらう。ライト…すまないが、あなたの兄のことを…」
「それは気にしないの。今は少しでも情報があった方がいいでしょ」
 軽く笑うライトニングに、ティエリアが小さく笑い返す。
 ドアの向こうでアレルヤが壁に背中を打ちつけて、俯いた顔を片手で隠して口元だけで笑いながらごく小さく呟いた。
「…ったく…。どういう精神構造してるんですか…あなたという人は…」
 その肩を軽く叩いて、ロックオンが歩き去っていく。
 アレルヤがすれ違いざまに垣間見たその顔は…笑っていた。
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