dream

□第七話-アレルヤ・ハプティズム-
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「あの…ライトニング」
 ものすごく遠慮がちなアレルヤの声が街中の喧騒に溶けて消える。
「なぁに〜? 何か言った?」
 大きな声でライトニングが振り返りながら訊いてくる。
「結局目的ってなんなんですか?」
 人が洪水のようにあふれかえっている休日のアーケード街。朝から一日中いろんな店を回り、山ほど物を買い、荷物は全部アレルヤが持ち、そのくせ疲れたなどと言い出してスイーツ屋で甘いものを食べ、軽い足取りで前方を歩き続けるライトニング・ランサー。23歳。
「目的って?」
 きょとんとした顔で訊いてくるライトニングに力いっぱいため息をついてアレルヤは言った。
「今日僕をここへ連れてきた目的です。まさか…本当に買い物がしたかったわけじゃないですよね…?」
 実際。アレルヤにとってこの程度の荷物など重くもなんともなかったし、確かに人込みを歩いて疲れはしたが普段の訓練やミッションの疲労に比べればそれも疲労などというほどのことではない。しかし、目的がわからなければ文句の一つも言いたくなってくるというもので。
「んふふ。付き合ってもらいたいことがあるって前に言ったでしょ? 構わないって言ったじゃないの」
 あ……そうだった。アレルヤの中でとっくの昔に消滅していたはずの記憶がよみがえってくる。
 あれは確かモラリアでのミッションの前だった。このミッションが終わったら付き合ってほしいことがあると言われて…確かに構いませんと答えてしまった。
「でもまさか買い物の付き合いをさせられるとは思いませんでした…」
 苦笑しながらあの日の軽はずみな返答を軽く後悔していると、いつの間にか近くまで来ていたライトニングが笑顔で言った。
「次、そこのお店入ろっか」
 ふと横の店に目をやる。
 メンズファッションのブランド店だった。





「いいんですか? 本当に。さっきの店、結構高かったんじゃ…」
 カフェの一席で紅茶を飲みながら話す。
「いいのいいの。今日は全部お姉さんのおごり。お金は使うためにあるんだから」
「大人の台詞ですか? それ」
 思わず苦笑して呟くアレルヤ。とはいえ、流石に自分の服を買ってもらうのは少し気が引けるような気もした。
「何か、僕にお返しできるものがあればいいんですが」
「ま、そこは今日一日の尊い労働の対価だと思っておけばいいんじゃない? それに、私も楽しかったしね〜。君、眼つき悪いけど結構素材はいい方だと思うわよん。背も高いから着映えもいいし。いつもあの恰好じゃもったいないもの」
「それ…僕は褒められてるんですか?」
「さぁ、どうかしらね〜」
 余裕の表情で逃げられて、アレルヤは自分の表情を誤魔化す様に手元のカップを口につけた。まだ未成年とはいえ、アレルヤ自身、自分が子供であるとは思っていなかった。しかし…どうもこの人と話しているとどうしようもなく自分が小さな子供のように思えてきてしまう時がある。
 スメラギさんやロックオンなら…対等に話せるのだろうか?
 胸中で呟いて、目の前で笑っている綺麗な女性を見る。
 もういいや。この人になら何を言われても。
 からかわれてもそれでいいと思えるなんて、どうかしているのだろうか。
「こらこら。そんなに見つめられたらお姉さん照れるじゃない」
「あ…す、すみません」
 本当に今日はどうかしている。
 自分はいつからこんな軟な性格になったのか。
 少し気持ちを落ち着けてから、アレルヤは言った。
「それで、今日はこれからどうするんです?」
「うーん…。そうねぇ。買い物の予定はもうおしまい…かな」
 わざわざ『買い物の』予定と言ったあたりに含みを感じてアレルヤは再び空になった手元のカップに目を落とした。
 わかっている。
 わざわざ自分が二人きりでこんなところに連れてこられた理由。
 ライトニングの本当の目的は…。
「すみません…」
 思わず謝ってしまったアレルヤに、くす…と、ライトニングの口元から小さな笑いがこぼれた。
「…何、急に謝ってんの」
「僕の為に…お気を使わせてしまって…」
 ああ、違う。言わなきゃならないのはそんな言葉じゃない。どうすればいい? この人に、話さなければいけないことが…あるのに。
 今度こそ声を出して笑いながらライトニングは言った。
「一日中働かされて荷物持ちさせられた側の台詞じゃないよ? それ」
「訊かないんですね。何も」
 この前のこと。気になっていないはずがないのに。
 しばらく間があってから、ライトニングが笑っていない眼で言った。
「訊いたら教えてくれるのかい?」
「わかってますよ。あなたには事実を知る権利がある。そしてそれができるのは…僕しかいないということも」
「…やっぱり、何か知ってるんだ。それで? 教えてくれる気になった?」
 優しく問いかけてくる声にアレルヤは今まで喉の奥にとどめていた言葉を初めて口に出した。
「その前に、教えてください。あなたは何者なんですか? CBで初めて会った時から、あなたはどこか他の人とは違っていた。最近になって…それはあなたが僕と同じだからなんじゃないかと思って…。でも、あなたは心当たりがないと言っていた。そんなことは…普通あり得ない」
 顔を上げて、真顔で彼女は言った。
「私が話したら…君が知ってることも教えてくれるって約束できる?」
「わかりました…。約束します」
 もう、後には戻れない。
 アレルヤの中での猶予が音を立てて終わりを告げた。
 話すしかない。全部。
 ライトニングが軽く笑う。
「私は…何者なんだろうねぇ。そんなこと私にもよくわからないけど、心当たりというか、もし私のことで私が知らないことを君が知っている可能性があるとしたら…」
 ライトニングの話は、予想だにしないものだった。
「記憶が……ない…?」
 話を聞いて第一声、アレルヤの声は固まっていた。
「うーん…どうやっても思い出せないんだよね…。その期間に何があったか、正直私も気にはなってるんだけど。だからね、もしその間に誰かと会っていたり何か大きな出来事があったとしても、私には何もわからない…」
「そんな…」
 いや、あり得る…かもしれない。
 現に、アレルヤ自身、超人機関に入る前の記憶が全くないのだから。
 物心がつく前のことだから思い出せないのかもしれないと思っていたこともあった。
 だが、彼らがそれを意図的に操作する技術を持っていたとしたら…可能だ。
 でもそれなら、どうしてその間の記憶だけを抜いたりしたのだろう。
 彼らにとってそんなことに意味があるとは思えない。
「ライトニング。これは…あくまで僕の推測なんですが…」
 アレルヤが重い口調で話し始めた。
 自分が考えていることと、自身の…過去を。
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