dream

□第四話-グラハム・エーカー-
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「これ…は? 見たことないな」
 箱いっぱいに敷き詰められたひよこ饅頭のひとつを手に取って包み紙をはがしたロックオンの、第一声。
「私もよく知らないけど、お饅頭って日本のお菓子なんだって。東京ってひよこの産地じゃなかったと思うんだけど…なんでひよこの形なんだろ」
「食いづれぇ…」
 もろにひよこと目を合わせながら苦笑するロックオン。
「紅茶も入れてあげたから、どんどん食べてね。ホントは緑茶が良かったんだけど、買い損ねちゃってさぁ…」
 パクパクっとあっさり手の中のひよこ饅頭を食べてしまって、もう一つを箱からとりながらロックオンは淡々と言った。
「刹那に会いに行ってたのか」
「まぁね」
 思わず苦笑しながらロックオンが言う。
「しょっちゅう会ってるってのにわざわざ家まで行くか?」
「面白いじゃない? 刹那がどんな家に住んでるか見たかったし」
「まぁ、見なくっても想像つくけどな」
 箱から、一つ、また一つとひよこが消えていく。
「わぉ、超能力?」
「つっても、どんな会話してたかはまったく想像つかねぇけど」
 それでも…今まで刹那をせっちゃんと呼んでいたはずのライトニングが刹那と呼ぶようになっていた。きっと、何かいい話ができたのだろう。刹那も表向き迷惑そうにしていても、実際には満更でもないのかもしれない。
 たわいのない会話が続いて、お互い笑いあいながらお土産を食べて紅茶を飲む。
「そういやライト。最近、頭痛は平気か?」
 唐突に訊かれて、それでもすぐにいつもの笑顔でライトニングが軽く答える。
「うーん、一昨日ちょっと痛かったくらいかな。なんで?」
「アレルヤが心配してたぜ。一昨日ミッションに行く前に、な。余計なお世話かもしれないが、医者には行ってないのか?」
「昔一度だけ。でも、よくわかんないってさ。まぁ、いつもすぐに収まるから大したことないんだと思うけど」
「万が一ミッション中に調子が悪くなったらすぐに言え。絶対に隠すなよ」
「はいはーい。最近すっかりボスが板についてきたんじゃない? ロックオン。いいねぇ…頼もしくて」
 ニコニコしながら調子よく言ってくれるライトニングに、しかしロックオンは低い声で言った。
「……あんま無理しなさんな。余計心配になんだろ…」
 そうだった。この男には、強がって笑って見せても通用しないんだった。一息ついてから、ライトニングが言った。
「この前のこと…ね」
 軽く頷いてから、ロックオンは続けた。
「米軍との交戦はおそらく今後も続く。お前が昔の仲間とは戦いたくないってんなら別にそれでもいい。ミス・スメラギだってそのくらいわかってんだろうし、その時は俺たちがやりゃいい。無理に平気なふりされるよりよっぽどな」
 しばらくライトニングは真顔で虚空を眺めていたが、やがて珍しく嘲笑するような顔で笑って言った。
「昔の仲間…ね。仲間って誰よ」
「違うのか?」
「米軍にいた私の仲間はね、みんな死んだよ。私だって、CBがいなければ死んでたし、ユニオンからは名誉の戦死者扱いされてる。二階級特進だってさ」
「……何があった?」
 低い声で訊き返してくるロックオンの声が、優しい。
 紅茶のカップにうつる自分の顔は、酷い顔をしていた。少し呼吸を落ち着けてから、ライトニングは淡々と語りだした。
 米軍が手を出したくてもなかなか手が出せなかったテロ組織がいたこと。
 彼らが演習中の自分たちの部隊を襲って全滅させたこと。
 その結果、米軍は報復という形でテロ組織の壊滅に成功したこと。
 それはかつて、米軍からグラハム・エーカーに知らされた経緯と全く同じ内容だった。
「…と、ここまでが世間で言われてる内容」
「………」
 一応、そこまでの内容はロックオンもニュースで知っていた。ライトニングがその時全滅した米軍の演習部隊にいたことも既にCB内の噂で聞いていたから、ライトニングがCBに入った理由もテロ組織に自分の部隊が壊滅させられたからなんだろうと…なんとなく勝手に想像していた。
「けど、事実は違う」
「……」
「私たちを襲ったのはテロ組織じゃない。同じ米軍だよ」
「どういうことだ?」
「例のテロ組織を潰す口実が欲しかったんだろうね。上層部が手を焼くテロ組織を壊滅させて…出世したかったらしいよ。うちの隊長さんは」
 信じられないような眼で、ロックオンが淡々と話すライトニングを見つめていた。
「その為に犠牲にしたのか…。自分の部下を」
「生き残った自分は悲劇の主人公ってわけ。この仇は必ず私が〜なんて張り切っちゃって。部隊が全滅した分の減点なんて、テロ組織壊滅の武勲に比べれば痛くもかゆくもない。いや、もともとこの件は彼一人の仕業じゃなく、上層部もグルになってんだろうし、そもそもが取引の上に成り立ってるから減点なんて最初からないのかも…」
「全部米軍内部の芝居だったってか。どんだけ…ッ」
 どんだけ汚くなれるんだ。人間ってやつは。
 ガツッと、ロックオンに殴られた壁が悲鳴を上げる。
「死人に口なし。真実を知る者はみんな戦死して、生き残った隊長さんは今や立派な将校。軍内部でも尊敬されて、黒い噂なんてこれっぽっちもたちゃしない」
「ライト…」
「実際、あのテロ組織がいろいろやってくれてたのは確かだよ。証拠がつかめなくて苦労していたのも事実。だからあの時、彼が言ってたみたいに、私たちが犠牲になることで実際に大勢の人たちがテロの脅威から救われたのかもしれない」
「…んなこと言ったのか」
「そそ。私たちを殺す前に、隊長さんがね。私たちは必要な犠牲だってさ。大勢の人たちを救うための」
 淡々と話すライトニングに、ギリ…と眉を吊り上げて不快そうにロックオンは吐き捨てた。
「なら、てめぇが犠牲になりゃいいだろうが。必要な犠牲なんてあってたまるかッ」
 弾かれたように顔を上げて、しばらくロックオンを凝視してから、ライトニングが透明な声で言った。
「ロックオンは……ないと思う?」
「ねぇよ。あるわけねぇだろ…犠牲はどこまでいっても悲劇と憎しみを生むだけだ。その先に平和はない…ないんだよ…ッ」
 ライトニングは、何も言わずにただ俯いていた。
 しばらく無言の時が続いて、ライトニングが顔を上げた。
「ロックオン」
「…何だ?」
「ありがとう」
「はぁ? なんだよいきなり…」
「おかげで私も腹が決まった。…やらなきゃいけないことがまだ残ってることにも、気づいた。それにね。私…」
「………」
 穏やかな顔で微笑んで、彼女は言った。
「不思議だね…。心の底から怒っているあなたの顔が、綺麗だなって…思ったの」
 そう言って微笑む彼女の顔こそ、本当に綺麗で。思わず息を飲んだロックオンに、彼女は続けた。
「…優しいね。君は」
 それだけ言い残すと、彼女は踵を返して部屋から去って行った。
 残された男は、拍子が抜けたように思わず椅子にどさっと座った。俯きながら笑いがこみあげてくる。
「男に綺麗ってお前…褒め言葉になってねぇよ」
 でも。
 初めて見た気がする。
 彼女の笑った顔を。
「…綺麗だったな」
 ほんの少し満足した顔で微笑んで、男はそっとエメラルドグリーンの目を閉じた。
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