dream

□第一話-ソレスタルビーイング-
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 ベルクライス刑務所、ある初夏の深夜。
「コーディ……コーディ…いる?」
 壁の向こうから必死に呼びかけてくる、か細い少女の声に、同じような声が部屋に響く。
「………エル……。……て」
 安堵の声が、隣の部屋から聞こえてきた。
「良かった…。昨日は…丸一日声が聞こえなかったから…死んじゃったんじゃないかと思って…」
 返事をする力はもうなかった。
 丸二日間集団暴行に耐えていた彼女の身体には、無数の傷やあざが刻まれ、手足で骨折していない箇所はもうどこにもない。
「…………」
「…そのうち、助けが来るよ。こんなこと…いつまでも続かないから」
 まるで、自分自身に言い聞かせているようだった。
 隣の部屋で重傷に苦しむ友人を励まそうとする少女の身体とて、似たような状況にある。
 両目を抉られ、動かせない身体の中で唯一自由になるのは口のみだった。
 今、自分の身体がどうなっているのか、本人にすらよくわからない。
 ただ、とにかく苦しくて。
 話しかけていなければ気が狂う。
 隣の部屋から死体袋が運び出されたのは、翌朝のことだった。





 私設武装組織、CBに彼女が加わったのは一ヶ月ほど前の出来事。
 計画の実行まであと何年も残されていないこの時期に一人でも多くの優秀な人材が必要だったことは事実だが、それにしてもなぜこんな奴が…。
「…なぜこんな奴がガンダムマイスターなんだ」
 心底嫌そうな顔で呟いたティエリアの肩を苦笑しながらスメラギが軽くたたく。
 不愉快そうにその手を振り払って、彼は食堂を出ていってしまった。
 一生懸命自分の皿からピーマンを除去する作業に熱中している女性の対面に座ってから、スメラギが苦い顔のまま笑顔で呟く。
「好き嫌いはダメよ?」
「お昼ご飯と一緒にお酒飲んでる人に言われたくない」
 満面笑顔でぴしゃりと言い放って、ピーマンが消滅した皿を平らげはじめた女性を見つめながら、スメラギは手元の酒を口に運ぶ。
「ライトニング…。ティエリアと、何かあったの?」
 一応ダメもとで訊いてみると、満面の笑顔が返ってきた。
「んー…。努力の跡が顕著だったから、先生嬉しいわって褒めただけよん」
「………。あなたのそういうところ、ホントに尊敬するわ。まぁでも、確かにティエリアの成長には目を見張るものがあるし、あなたに任せて正解だったわ。流石、元ユニオンのエースパイロットさんね」
 強かに皮肉ってくるスメラギの手元から酒を奪って飲みながら、ライトニングが笑顔のまま返す。
「まぁね。でも、ティエリーはホントにセンスがいいというか、成長が早いね。最初から一通りのことはできるみたいだったから、実戦形式で足りない経験値を補強するようなやり方で教えてるんだけど、あの子、一度使った手は二度と通じないし。毎回機械みたいに完璧に勉強してくるから…」
「そう…なの」
 機械みたい…という言葉にスメラギの目が揺れる。
 元米軍でMS隊に所属していたライトニングにパイロットの養成を担当させるよう推奨したのは確かにヴェーダだったが、そのことがライトニングが必要以上に各マイスター達の内情に関わることにならないかが、一番の懸念事項だった。
 それを知ってか知らずか、スメラギが様子を聞こうとしても、ライトニングはいつも飄々とかわしてしまう。
「よっぽど真面目な子なのね。ティエリーは」
 笑顔で空になった酒のボトルを自分に返してくれるライトニングに、つられて笑いながら言ってやる。
「そのティエリーって呼び方、なんとかならないの? 嫌がってるわよ、彼」
「うーん…そう…ね。スーちゃんがそういうなら別のあだ名を考えてもいいけど…」
 もう駄目だ。こいつには何を言っても無駄だ。本当に、ティエリアの言い草ではないがどうしてこの人がエースパイロットなのか不思議でしょうがない。スメラギの口から思わずため息が漏れた。
「……もう何でもいいわよ…」
「人間諦めが肝心よん?」
「はいはい。…ところで、明日からあなたに頼みたい仕事があるんだけど、いいかしら?」
「仕事?」
「ええ。また……新しく面倒を見て欲しいマイスターがいるの。あとで顔合わせしてくれるかしら? 今日の仕事が終わってからでいいから」
「りょーかいッ」
 子供のように元気よく返事して歩き去っていく背中を見ながら、美人の戦況予報士は静かに目を細めた。
 ライトニング・ランサー。元ユニオンのエースパイロットでありながら、半年前の軍事演習中の事件に巻き込まれてCBに加入。ユニオンは彼女を戦死者として扱っている。
 否。実際、CBがいなければ本当にそうなっていたのだ。大破した機体ごと宙域を漂っている彼女を回収したとき、彼女の容体は一刻を争う物だったと聞いている。
「そう…あの『事件』が発端で…」
 
 



「はーいッ! よくできましたッ」
「あの……」
「なぁに? アルル」
 笑顔で見上げてくる自分より背の低い女性を見下ろしながら、しかし今日こそは言うぞと決心し直して黒髪の青年はきっぱりと言った。
「僕の名前はアレルヤです。あと、頭を撫でるのも……その…やめてください…」
 結局最後の方になるにつれて声が消えていくアレルヤに、小さく笑ってライトニングは言った。
「照れなくていいのに…。でも、確かにこれだけできるようになったらもう子ども扱いは出来ないか。腕上げたね……アレルヤ」
 初めてだった。今まで茶化したりからかったりしつつも厳しいことしか言ってこなかったこの教官がアレルヤを認めるようなセリフを口にしたのは。そして、名前を。
「本当…ですか?!」
 弾かれたように顔を上げて目を丸くして聞き返したアレルヤに何度も頷きながら、ライトニングは少しいつもより低い声で言った。
「君の場合、元々筋はよかったんだけど、自分の中にストッパーみたいなのがあった。どうも必死になりきれてないというか、本気が出せないというか。それが、今日はちょっとマシになってたんじゃないかと思うよ。…ちょっとだけね」
 二人でシミュレーターを片づけながら、話す。
「ちょっと…ですか。そうですね…。現に今日も僕は二回あなたに殺されましたし」
「あはは。ひょっとして前回私が言ったの、気にしてたの?」
 いつまで経っても煮え切らない様子のアレルヤを、シミュレーター戦で五回ほど容赦なく撃墜してから、彼女は言ったのだ。
『はーい。アルルはこれで今日五回死んだね。実践に出るまでに何回死ぬつもりなんだか。ま、実戦に出たら一回しか死ななくていいから、今のうちに沢山死んでおきなさいよ、と。じゃあね〜』
 ヒラヒラと手を振って訓練室を出ていく彼女を、青年は呆然と見送っていた。いつもはここまで徹底的に生徒である自分を本気で撃墜してくることなどなかっただけに、きっと今日は本気で怒っていたのだろう。
 いや、心配してくれているのかもしれない。
「いえ、気にしていたというか…。実戦に出たら、あなたのようなパイロットを相手に戦わなければならない…。その時に躊躇っているようではあなたの言うように本当に死……て、聞いてるんですか?!」
 話の途中なのにいつの間にか数メートル離れた自販機で飲み物を調達していたライトニングに思わずため息が漏れる。
「頼りになるんだかならないんだか…」
 呟きながら自販機の方へ行くと、飲み物を一本投げつけられた。
「私のおごりッ」
「……ありがとうございます」
 小さな声で答えて受け取ったアレルヤに、彼女はカラッと言い放った。
「…他人に対して本気になっちゃいけない人間なんていないよ。もし自分が人とは違うからそうだと思うなら、そりゃ単なる思い上がりだ。次は本気で私を殺しにきなよ。アレルヤ」
「………ライトニング…あなたは…」
 乾いた声で言いかけた言葉を最後まで聞く事なく、ライトニングはいつものようにヒラヒラと片手を振ってその場を後にした。
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