dream〜2nd season〜

□第二話-堕ちる空-
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 綺麗に拭いた眼鏡をかけ直して、書面に目を落とす。
 アロウズに転属されたカティに回されてきた仕事の一つだったが。はっきり言って憂鬱だった。
 エルミナ・ニエット。
 かつて旧AEUで執行された、かの悪名高い政策、サクリファイス・エスケープの被害者で、旧人革連の超兵計画の被害者でもある。
 その上、旧ユニオン軍が過去行った捏造テロ事件によってこの世から抹殺された存在。
 さぞ世界が憎くてたまらないだろう。
 こんな人間に尋問などしても、まともな会話が成立するとは思えなかった。
 ただひたすら憎まれながら、力で屈服させて情報を聞き出すしかない。
 …過去に彼女が受けてきた理不尽な暴力の数々を知りながら。
 覚悟を決めて、部屋に入る。
「カティ・マネキン大佐だ」
 冷たい声で告げると、拘束されている女性は穏やかな顔で笑った。

「初めまして、大佐。エルミナ・ニエットよん」





 始める前に想像していたこととはまるで違う、喫茶店でお茶でも飲みながら話しているかのような会話が続いていた。
「CBで私が参加していた作戦行動は、これで全部」
 素直に自分の罪状を話すエルミナは、本当に落ち着いていた。
「随分と落ち着いているな。何人殺したかわかっているのか?」
「あなたはどうなの? 軍人さん」
「すり替えるなッ! 貴様は自分のしたことで世界がどうなったかわかっているのかッ?!」
「だからあなたに自分のしてきたことをお話してるのよ。といっても、今の世界に私を裁けるとは思えないけれど…」
「…世界が憎いか?」
 首を横に振って、彼女は微笑んだ。
「私が憎いのは、何もできなかった自分だけよ。だってそうでしょ? あれだけの犠牲を出しても、世界は何も…変わらなかった。ここにいる自分が単なる稀代の殺人者だとしたら、憎くて当然よ…」
「自分のしてきたことがどういうことなのかは…わかっているようだな」
 淡々と呟くカティに、彼女は無表情に言った。
「理解している…つもり。たとえ理由があってもテロ活動をしていたことは事実だし、世界に喧嘩を売ってこうなった以上、世界が私の罪を裁くというなら…それでいいと思うわ」
「…つまり、当時はともかく今は反省し我々に協力するつもりがある…と」
 そうは思えなかったが。エルミナの態度を訝しんでいるカティに、少し笑って彼女は言った。
「んふふ。あなたの仕事を邪魔する気はないって事。協力はしないわ。私の事ならいくらでも話すけど、仲間のことは一切言えないし、そもそもそんなに知らないの。秘密の多い組織だから」
 にこやかに話す彼女に、声を潜めてカティは言った。
「貴様も一度は軍に身を置いていた人間ならわかるだろうが、テロリストに対する処遇は厳しいぞ。まして、CBは未だに残党の大半が捕まっていない上に活動再開の可能性も高い極めて危険な組織だ。多少手荒なことをしてでも軍は情報を引き出そうとするだろう。だが、逆に協力してくれるなら私の権限で身の安全を…」
「保障してくれなくていいわ」
 明らかに、声色が暗くなっていた。
 絶句するカティに、エルミナは続けた。
「ねぇ、大佐。あなたはどうして私を心配してくれるの? あなたにとっても、私はテロリストでしょう?」
「………。お前の経歴を読んだ。正直いって、読んでいるだけで気分が悪くなった。実際に会ってみて、最初は想像との違いに驚いたが…」
「………」
「話していてわかった。お前は被害者でも加害者でもない。今の世界を正すのに…必要な存在だ。軍人としてではなく私個人の想いとして、お前には生きて世界の為に我々に協力してもらいたい。そして、それが終わった後でしかるべき正当な処遇を取りたい」
 軽く笑って、エルミナが余裕のある声で言った。
「んふふ。魅力的なお話ね」
「笑うか?」
「ええ。だってテロリストよん? 随分買ってくれてるみたいだけど、大佐みたいな立派な人がそこまでするような価値のある相手じゃないわ」
 あくまで笑っている彼女の表情を眺めながら、女性軍人はその覚悟のすべてを悟った。
 おそらく、どんな拷問をしても彼女が口を割ることも、協力することもないだろう。
「…残念だ」
 もし…もしも彼女が軍にいる頃に知り合えていれば。きっといい友人になれた。
「ありがとう。…カティさん」
「………ッ」
 その綺麗な笑顔を直視できなくて、無言で部屋を出た。
 この後で彼女を引き渡す先を考えると、とても見ていられたものではない。
 本当に…なんという憂鬱な仕事なのか。





「彼女を例の収容施設に送らないの? リボンズ」
 子供のような口調が、白基調の部屋によく響く。少し低い少年のような声が返した。
「彼女にはちょっと興味があるんだ。それに…メリットもあるしね」
「メリット?」
 四年前にアルヴァトーレを破壊し、彼らが完全に滅ぶはずだった計画を狂わせたあの男の、唯一の弱点。
 そして彼女自身も超兵計画によって強化され、脳量子波レベルこそ低いものの、兵器として申し分ない威力を持っている。
 ならば少しいじってやれば十分に使える。
「ま、たいして期待はしてないけど。実験のし甲斐はあるよ」
 新しい玩具について話すような口調のリボンズに、同じ部屋の少年は小さく笑った。
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