dream〜2nd season〜
□第十三話-ブレイクピラー-
1ページ/3ページ
見上げた空では…絶望的な光景が広がっていた。
天から降る破滅の閃光。
メメントモリから発射されたそれは、刹那からの攻撃を受けて大きく軌道を逸らし、アフリカタワーの先を破壊した。
空から降り注ぐ無数の破片。
空が…割れる。
「…ッ、間に合わねぇ…ッ」
無数の破片が降り注ぐ塔に向かっていたニールが、コックピットの中で舌打ちする。
この機体の速度をもってしても、これ以上のスピードはでない。
かくなるうえは…。
「トランザムを使う…ッ!」
システムにトランザムの指示を入れる。
しかしその瞬間、コンソールが真っ赤に染まった。
「コマンドエラー…ッ?! まさか…エドの仕業かッ!!!」
シヴァがバハムートにサポートシステムを組み込んだとき、トランザムモードの使用に制限をかけたのだ。…ニールの身体を守るために。
「…あいつ……ッ!」
コンソールにはトレミーからの許可がないとトランザムモードが使用できない旨が表示されていた。
許可を申請しますか? yes/no。
「どっちでもねぇよ…ッ、許可なんて出るわけねぇだろ!?」
対話型システムに怒鳴っても、意味などなかった。ハロを相手にするのとはわけが違う。
なんとかシステムをすり抜ける方法がないかコンソールを操作して必死に探すが、返ってくる返答はどれも冷たいものばかり。
「頼む…バハムート…ッ。いい子だから…使わせてくれ」
祈るような気持ちで胸中叫ぶ。
エルミナを助ける為に力を貸してくれって言ってんだ…ッ。
もうコンソールをいじる事すらせず、力いっぱい男は叫んだ。
「お前は………エルミナの子だろッ!!!!」
瞬間、呼応するかのようにコンソールにトランザムの表示が浮かび、バハムートの機体が赤く染まった。
「空……」
エルミナが震える目で空を見上げる。
彼女の大好きだった空は、そこにはもうなかった。
上から崩壊していく塔。
「………ッ」
最初に降ってきた破片を地上から撃ち抜く。
塊が砕けて、無数の細かい破片が地上に降り注いだ。
機体を利用して地上付近で逃げる人々の盾になるが、破片を全て防ぐことはできない。
数十センチの塔の破片が頭上から弾丸のように降り注ぎ、逃げる人間の頭を砕く。
地上はたちまちパニックと化した。
エルミナの頭の中で、すぐに答えが出る。
これは…無理だ。自分たちMS隊が全員で破片の駆除に回ったとしても、タワーの周辺すら守り切れるかどうか…。
それだけでは済まない。タワーの付近にある街には大勢の人間が…。
無数の死人が出る。確実に。
『大尉…ッ! ガンダムが…』
「ルイス…ッ」
さらに最悪なことに、正規軍と戦っているCBのガンダムと交戦しようとして完全に冷静さを失ったルイスの機体に、次々と増える破片が回避ポイントがなくなるほど山のように降ってきていた。
何か考えていたわけではなかった。
ただ、反射的にルイスの機体を庇うように上に重なる。
「逃げて…ッ」
そんな暇はなかった。
あっという間に破片の影が頭上を覆い、視界が暗くなる。
エルミナが目を閉じかけた瞬間だった。
上を覆っていた無数の破片が全て、一瞬にして撃ち落とされていく。
「……ッ?!」
空を見上げて破片を撃った機体を確認したエルミナが絶句した。
天上に浮く、トランザムモードのガンダム…。
硬直しているエルミナに、通信機から良く知った声が聞こえてくる。
『無事かッ!!?』
「………ニール……?」
震える声で愕然として呟いたエルミナに、男は低い声で呟いた。
「エルミナ…」
一瞬、時が止まったようだった。
お互い、名前を呼ばれた瞬間。
なくした物が全部一度に戻ってきたような…そんな気がした。
四年の時を経ているとは思えないほど、あまりに自然にその声が自分の名を呼ぶものだから。
エルミナが続けた。
『……ニール…人が…、手が…足りないの…』
画面の中のエルミナは今まで見たことがないほど言いづらそうに、それでもはっきりと言った。
『助けて……』
今の彼女の立場で、ニールにその言葉を言うのがどれほど勇気のいることだったのかは、察するまでもなかった。それも、ニールの知る限りプライドが高くて素直に人に助けを求めることなど一度もなかった彼女が。
コックピットの中だけで小さく呟く。
「エルミナ…ホントにお前は……」
少し会わないうちに…また強くなった。
思わず好戦的に笑って、通信機に力強く叫んだ。
「当たり前だ…ッ! 時間がねぇ。上の破片を抑えとくからそっちの体勢を立て直せ」
一方的に言い放って機体を上昇させる。
トランザムの限界時間が近づいていた。
口の中に鉄の味が広がる。
…身体の限界も近そうだった。
ガンダムが…と叫び続けるルイスをエルミナが一喝して破片の駆逐にあたらせる。
同時に、他の部下にも次々指示を出して流れるように動き続けた。
ニールは…やはり自分を助けに来てくれたのだろうか。
「…ッ!」
それを考えた瞬間、心がえぐれるように痛んだ。
以前、彼の手を拒んでおきながら。
ガンダムと敵対していると知っていながらアロウズに残っておいて。
助けてくれとはいったいどの口が言うのか。
それでも、助けを求めたことを後悔はしていない。どんなに恥知らずで情けなくても、人の命には代えられないのだから。安いプライドにこだわって選択を間違えずに済んだ。
…しかし、彼はどう思っただろう。
ニール。
その名を呼ぶと痛みが走る。
記憶を失っていたとはいえ三年間何も知らずに別の男のもとに身を寄せた挙句、知らない連中に好き勝手に弄ばれ玩具にされた身体が…どうしようもなく痛む。
…なのに彼はまだこんな自分を助けようとしてくれる。
一体どうすればいい?
もう何度も何度も胸中で叫んだ言葉を泣きそうな思いで繰り返す。