短編U
□アドミット
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まろん様リクエスト
ことり、と男の前にグラスが置かれた。
頼んでないぞ、とマスターへ目を向ければ意地悪い笑みを浮かべられ、仕方なくグラスに口をつけた。
男とマスター以外は人の居ないバー内であまり口達者ではない男は気紛れにもマスターへ話し掛けた。
「随分と静かだな」
「えぇ、今の時期は稼ぎ時ですから」
「・・・・・・刄はどうした」
「彼がどうかしましたか」
「・・・・・・・・・」
男は黙った。
唇に笑みを乗せたまま空のグラスを磨くマスターに変わりはない。
数ヶ月前の事だ。
殺し屋の中でも名高い、刄という男が夜襲に遭ったらしい。襲った者達は返り討ちに遭い物言わぬ屍となったが、それでもあの刄を重傷にする程には必死だったらしい。
そんな噂が流れても殺し屋達は笑っていた。あの刄が重傷を負うはずがない、と。
しかし数日、数週間経っても姿を現さない刄に漸くそれが事実なのだと彼らは察したのだ。
「・・・・・・アイツは」
「アイツとは誰の事でしょう」
ガンッ、とグラスをカウンターテーブルに叩き付けた男はマスターを睨み付ける。
「どうしたと云うのです、貴方らしくない」
「スカした面しやがって。切り刻んでやろうか」
「出来るものなら」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
男はまた黙った。
このバーを利用する新参以外の殺し屋ならこのマスターがかなりの手練れだと知っているからである。
「・・・・・・樒は」
「・・・。貴方が彼を気にするなんて天変地異の前触れですか」
「・・・アイツはどうしてんだって聞いてんださっさと答えろ、知ってんだろ」
「・・・・・・刄の傍に居ますよ。刄を襲った者を殺したのも彼です」
はぐらかす気がなくなったのかマスターは簡単に男へ情報を渡した。
男はそれを流し聞くとグラスに入っていた酒を飲み干し、金を置いてバーを出ていこうとした。
「貴方が欲しい情報はありましたか」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・アイツがくたばってねえならそれでいい」
バタンと荒々しく扉を閉めて出て行った男にマスターは笑みを浮かべた。
「貴方の云うアイツとはどちらですか、諷」
その問いに答える声はもう無かった。
End