短編U
□腕の中で眠る
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「新藤、寝ろ」
「・・・仕事が残ってますので」
渋い男の声にぶっきらぼうに答えた若い男は万年筆を動かして書類にサインをした。
「この浮気調査、本当に受けるんですか」
「ああ、どう考えても黒だからな」
「貴方は最近“勝てる”勝負しかしませんね」
「勝てるか勝てないかを見極めるのが上手くなったと言え」
「勝てない道から逃げているようにしか見えませんの・・・でっ!?」
若い男――新藤は後ろから抱き着かれ、驚く。万年筆を落とし、固まる。
ふわりと、渋い声をした男の香水が鼻を擽る。大人しくなった新藤に男は満足そうに彼を抱き上げる。
「ちょ、っと・・・! 平市さん! 誰か・・・依頼人でも来たらどうするんですか!」
「睡眠不足の部下を休ませる為だと言うだけだ」
平市はあっけらかんとして言った。
新藤は言っても聞かない上司を睨みつけるがそれ以上何も言わずに彼の腕の中で力を抜いた。
暫くすればうとうとと船を漕ぎ出した新藤に平市はそっと頭を撫でた。黒いフカフカのソファーに座った平市は小柄な部下を抱き締める。
「お前に倒れられると仕事どころじゃあない。心配で胸が張り裂けそうになる。だから今はゆっくり休め」
眠りに誘うように囁いた平市の言葉に新藤の瞳が閉じる。そうして聞こえてきた寝息に平市は微笑んだ。
良い夢を、と願いを込めて。
End