短編U

□虚像
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コホコホ……


度々出る咳に嫌気が差す。
いい加減治れよと叱咤したくなる身体。
もう嫌だと嘆いても増える薬。

俺――波崎 拓夢(はさき たくむ)は今の医術では到底治すことの出来ない病に身体を蝕まれていた。

病院のベッドの上で透明な色をした点滴を見つめるのはこれで何回目だろう。
病室に入ってくる看護士や医者の世間話に相槌を打たなくなったのはいつからだろう。


そういえば

病室が個室になって家族が来なくなったのはいつからだろう。












「拓夢君やんな? 俺カウンセリングの滝本云うんやけど…センセから話聞いとらん?」



そんな日常に派手な格好をしたホストみたいなやつが来た。
カウンセリング…要らない。


「まぁ聞いとっても聞いとらんでもええわ。俺と話そや、拓夢君」


必要ない。


「必要ない…って顔してるな」


見透かされてチラリとソイツを見た。
ニコリと微笑んでいた。


「声だけでも聞きたいわ。…自己紹介してくれん?」












「は、さき…た、くむ」


自分でも驚く位声が出なかった。
喉に音が引っかかる様な感覚だった。



「水飲んだ方がええな、言わせてゴメンな? …拓夢君は何が好きなん?」


「おんが、く」


「例えば?」


「サンダー、とか…ウィ、ズと…か」


「あー、ええ曲ばっか歌ってるもんな〜」



会話が楽しい。
決して笑いが起きたりする訳じゃないのに飽きない。


「あ、もう時間や。疲れさせてしもうたな…また来るわ」



ソイツ――滝本は時計を確認すると俺の頭を撫でて病室を出ていった。


『また来る』


俺にとって裏切る言葉でしか無かったそれは初めて期待を持った。
そして滝本の言った通り疲れてしまった俺は診察に来た看護士と医者に「気持ち良さそうに眠ってた」と言われ、少しだけ気持ちが変わったのは言うまでもない。



End

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