短編 壱
□声真似主
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ホントウのコエ
「『火拳!……っと、こんなもんかぁ?』」
平凡そうな青年から発せられるのは末っ子の声。
ナナシは決して自分の声では話さない兄弟だった。
『すげぇ!』『俺の声も真似てくれ!』と他の兄弟達が盛り上がるのをナナシは微笑みながら眺める。
そんな彼に誰かが酒を差し出すと
「『ありがとよい』」
今度は一寸の狂いなく俺の声を出した。
むず痒いやら何やらで少し恥ずかしい。
「『マルコ隊長!こっちに来て飲みませんか?』」
今度は一番隊クルーの声を真似て俺を酒に誘う。
生憎そいつは潰れて甲板に寝ているので真似されている事にも気付かない。
俺はゆっくりとそっちに歩み寄り、ナナシの隣に座った。
「今度はオヤジの真似してくれよい」
「『グララララ、お前等飲め!!』」
その大きな声を聞いて遠くに座るオヤジも同じように笑う。ナナシはそれを一瞥してから酒を呷った。
酔えば彼の『声』を聞くことが出来るかもしれないが残念ながら彼は酒に強かった。しかも限度を分かっているからか一定の量を越せば、誰に勧められても飲みやしない。
「…難儀なこったねい」
彼の本当の声を聞くのはまだ当分先かもしれないと、今度は鷹の目の真似を催促されたナナシを見つめるのであった。
End