短編U
□その瞳を逸らされて
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「あーあ・・・、しくったな・・・」
校舎裏の壁にもたれ掛かりながら嘆くのは大本。その傍には癒しの早坂の姿はない。
着崩した制服は泥だらけの血だらけ。
「シオちゃん、キレないといいんだけど・・・」
そう言って大本は限界だと目を閉じた。
────────。
ガラガラガラ、
風紀室の扉が開く。
傷だらけの不良の処分を考えていた風紀委員長と平委員達は入ってきた人物に目を見開いた。
「早坂・・・?」
「センちゃんやったの、お前ら?」
早坂の目には風紀委員長は映っていなかった。目の前でボロボロになっている不良を掴みあげた。その細い腕のどこにそんな力があるのか。いやしかし風紀はそんな早坂の行動を止められはしなかった。
《キレた早坂は見境がなくなる》
その噂を聞いた当時、委員長はまだ平の時だったが先輩達は震えを混じらせて言っていた。
そのキレる原因は大抵が大本 千凜であった。
大本が怒らせる訳ではなく、早坂に手を出せない不良共が大本を襲って彼が怪我する。それが早坂のキレる条件のようなものだった。
「センちゃんを殴ったのはどっちの手? こっち? それともこっち? まぁ、どっちも使えないようにしてやれば関係ねぇか」
しかしこうしてキレた早坂を目の当たりにして自分の足が動かない事に委員長はとても悔しいと感じた。
そうだ、いつもそうだった。
喧嘩の現場に行くと拳や制服を返り血でいっぱいにしているのは大本で早坂は傍で眠っているかツンツンと倒れている不良をつついては大本に怒られているかのどちらかだ
何故早坂はいつも手出しをしないのか分からずにいた。噂も半信半疑だったが今わかった。
「能ある鷹は爪を隠す、か」
冷静に言ったつもりが自分の声が震えている事に気付いた。殺気に溢れている早坂は掴みあげた不良をパッと手離した。
「風紀は何やってんだよ」
低い声が聞こえた。
その声が早坂のものであるという判断が遅れ、気づいた瞬間だった。
シュッ
頬の横を拳が通り抜けた。
一瞬だった。
掠った頬からは血が流れ落ちた。
「どっちが加害者でどっちが被害者かの判断も出来ねぇのか。生易しく気の抜けた処罰にしてみろ、俺がお前を殺してやる」
これが本当にあのほわほわとした早坂なのかと。眠たげに目を擦りながら、ミルクティーを好きと微笑んでいた早坂なのかと。
委員長は戦慄すると共にその顔をさせているのが自分ではないのだと少し残念に思った。こんな状況なのにだ。
「分かったんなら返事くらいしやがれ、ぽんこつが」
「……っあぁ、善処する」
そしてその瞳はつい、と逸らされたまま早坂は風紀室を出ていった。
風紀委員長は少しだけ息を吐くとガクガクと震えたままの不良達に一欠片の同情とチビらなかった敬意を乗せて手を差し伸べたのだった。
End