短編
□氷が溶けていくように
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「また無駄な喧嘩したって?」
聞こえた声に俺は舌打ちをした。
石ベンチに座る俺の隣へ来たその人は見た目も中身も平々凡々だというのに俺の所属するチームの幹部だ。
喧嘩で切れた口元にべちゃりと濡れたハンカチを押し当てたその人は顔が売れてきたんだから、と切り出す。
「チームの顔背負えとは言わない、それはリーダーの仕事だ。でもチームに入ってる自覚はしないとな。……聞いてる? 三嶋?」
「聞いてるっすよ…齋藤さん…」
「ああ、ほら動くな。手当が出来ないだろ?」
相変わらず下手な治療に我慢をしながらくどくどと説教する齋藤さんを見つめた。
相手は男だ、それに平凡で、喧嘩も弱っちくて専ら情報専門に動いてる人だ。抗争やそこらのちゃちな喧嘩にすら参加しない。
でもリーダーや幹部の人達とは仲良さそうで、副リーダーの逢坂さんとは幼馴染らしい。
そんな少し変わった平凡な人が俺は、好き、らしい。
「ほら終わった。絆創膏は? 要る?」
「要らねぇっす」
「ん。……じゃあ俺は憲司に報告してくるから暗くなる前に寄り道せずに帰れよ」
「……うっす、」
憲司は逢坂さんの下の名前で。
幼馴染だからそりゃあ名前で呼んでても不思議じゃねぇし、俺だってダチの名前は下で呼ぶ。
でも好きだって自覚してからは何かすげぇもやもやして。
「齋藤さん」
「ん?」
「弥生さん、って呼んでいいっすか」
齋藤 弥生。
初めて会った時とそれから暫くして俺が大怪我を負った時に名乗られた名前。女みたいだから嫌だ、なんてリーダー達に愚痴ってたのを遠目から見た。
「急にどうしたー? まぁいいけど」
「え、いいんすか」
「逆にダメな理由は何なんだよ…。ほら、馬鹿言ってねぇでさっさと帰んな、浩太朗君? ……なんつって」
齋藤さん……いや、弥生さんが笑って去っていった後にも俺はそこから動けないでいたのだった。
今のはずるいだろ……。
End