「どうぞ、お召し上がりください」


リエが、ソファーに座るエリーゼともう一人の女の子に温かい紅茶を差し出す。


「ありがとうございます、いただきます」

『ミルクたっぷりいれよー!』

「ありがとう…ございます」


今まで沈黙していた女の子がようやく喋った。

湯気の立つ紅茶にミルクを入れて、一口飲むと「あっ、おいし…」と言葉を漏らした。


「まずは、エリーゼさん。当社の事をいつからご存じでしたか?」

「はい、この探偵事務所の事を知ったのは最近です」

『ジュードから聞いたんだよー』


エリーゼに、ウィンクルム社の事を教えたのはジュードである事が判明した。


「エリーゼは、俺達にどんな依頼をしに来たんだろうな?」

「うーん…」


『あのねー、エリーゼと僕はただの付き添いだよ』


シンとルドガーの小声の会話が聞こえたのか、宙に浮いているティポが答えた。


「依頼人は、彼女です」


続ける形で、エリーゼが隣に座る少女が依頼人である事を明かした。


「お名前を訊かせていただけますか?」


まだ緊張している少女に対し、リエが目線を合わせながら微笑みかけて質問する。

すると、少女はほんのりと頬を赤らめると唇を動かしていく。


「…アイリス・マティサ・プレスティです」

「アイリスさんですね。失礼ですが、エリーゼさんとはどのようなご関係ですか?」


「えっと…私とエリーゼの学校が交流会を行ってて…そこで知り合ったんです」

「メールで文通していって、一週間前に正式にお友達になれました!」

『いえーい♪』


嬉しそうなエリーゼとはしゃぐティポに同意するように、アイリスは口元を緩めて大きく首を縦に振る。

リエは「よかったですね」と柔らかい笑みで相槌を打ち、傍らに立っているルクソードも微笑ましそうに見ている。

エルは羨ましそうな顔で、二人の様子を見ており、ルドガーとシンもほっこりした気分になる。


「それでは、当社にどんな依頼をしにいらしたのか、教えていただけますか?」


アイリスが落ち着いてきたのを見計らい、リエが本題に入った。

アイリスは、真っ直ぐにリエを見据えると口を開いた。


「お願いです…お父さんを助けてください!」



*** ***** ***



「おっ、きたきた」


携帯の着信音が鳴り、徐倫は画面を確認する。


「社長からOKが出たわよ」

「よかった…」


徐倫の言葉に、ジャーファルは安堵の表情を浮かべる。


二つのアクシデントの後、改めて女店主からウィンクルム社に勤めている人を紹介してもらった。

その人の名前は「空条徐倫」

彼女もまた、最近入社したばかりの非正規社員だとの事。

女店主が、親切にもジャーファル達の表向きの事情(創作話)を説明してくれたおかげで

不信感を抱かせる事無く、意外とスムーズに話が進んでいった。


徐倫に、ウィンクルム社への入社試験を受けたい旨を伝えたところ、「社長代理にメールしてみるわ」と

あっさりと承諾してくれた事には内心驚いた。


だが、このチャンスの波を逃す訳にはいかない。

そして、待つ事一時間…代理から社長であるリエへ連絡が行き、「許可が下りた」と回答が返ってきたのだ。


「徐倫さん、お忙しい時に手続きをしてくださり、本当にありがとうございました」

「どういたしまして」


ジャーファルが頭を下げて御礼を言うと、徐倫は笑って言葉を返した。


「それにしても、クランスピア社じゃあなくてうちの会社に目を向けるなんてね…」


ウィンクルム社は、クランスピア社に次ぐ知名度だが、特殊な場所にあったり、内部情報がオープンでない…とデメリットなところがある。

今ではランキングに乗る程の人気が出てきたとはいえ、受験者もクランスピア社と比べるとまだまだ少ない方だ。

そんな中、最初からウィンクルム社への入社を希望してくるジャーファルとマスルールは珍しいタイプと言える。


「ええ…実は、知り合いが『ウィンクルム社でお世話になっている』と風の便りで聞いたのが理由なのです」


「へぇー、そうなると正規社員かしら?

私、新参者だからその辺は詳しくないのよ。ごめんなさいね」


「いえいえ、そんな…」


徐倫とジャーファルが話している近くで、マスルールはソラの遊び相手になっていた。


「わーい!」

「にゃふにゃー!」


マスルールに抱っこされ、ソラはとても楽しそうだ。

マスルールの足元で、ソラのペット(?)のワンダニャンがくるくる周回しながら主の様子を眺めている。

マスルールは、肩に乗っかる小さなこねこにんが落ちないように(力を調整しながら)片手で支えている。


「しゅごーい」

「…そうか?」

「うん!」


今日初めて会った高身長の体格のいい男性に物怖じする事無く、ソラはマスルールに懐いている。

マスルールも、そんな幼子に満更でもなさそうで口元を緩めている。

微笑ましい光景に見えているのか、通り過ぎる人々の視線は温かい。


「試験日が決まるまで時間がかかりそうだけど、その間はどーするの?」

「特区内の宿屋に泊まります。その間にエレンピオスの事を勉強しようと思います」

「なら、今のうちに試験対策とかしといたらどう?」


私の時は筆記試験と実力テストがあったわよ、と徐倫が非正規の試験を受けた時の話題を語る。

ジャーファルは耳を傾けながら、頭の中に記録していく。


「あっ、すまないけど…そろそろ戻らないと」

「そうですか…貴重なお時間を割いてくださり、改めてありがとうございます」

「試験、いい結果になるといいわね」


じゃあね、と軽く手を振ると、徐倫は踵を返して遊んでいるソラを迎えに行く。

マスルールにも挨拶をすると、徐倫はソラと(彼女を乗せているワンダニャンも)一緒に反対方向の道へ去って行った。









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