Story F
□後ろめたい夜
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愛されてみたかった。
水をこよなく愛する彼、どんな風に愛してくれるのかずっと知りたかった。
東京の大学へ進学した真琴とハル。
毎年お盆とお正月には必ず帰省するから、と言葉を残して岩鳶を立ったのはもう何年前か。
岩鳶に残った私は大学を卒業後、学生時代に夢を見ていた職業でもなければ、特に興味のなかった会社の事務職に就いた。
小さい頃からハルと真琴について行っては水に触れる毎日に、胸を高鳴らせてハルの背中を眺めていた。
高校を卒業してハル達と離れた途端、水から遠ざかる日々。
最初の1年はまだ渚達がいる水泳部に遊びに行ってたけど、渚達が卒業してからは行くこともなく。
次第に水を見るたびにハルのことを思い出して苦しくなる。
ずっと好きだった。
私達は3人でいつまでも仲良く一緒にいるんだと高校卒業するまで思ってた。
帰省して集まるたびに私にはわからない東京の話。
距離をとるようになった水泳の話。
私の知らない女の子の話。
どの会話にももう、私の影はなくて。
何だか2人が私の知ってる人じゃないみたい。
いつの間にか帰省したハル達とは会わなくなっていた。
そんな私ももう26になって。
ハル達と会わなくても胸が痛むことはもうない。
親に散々急かされた結婚を決意できたのも、きっと心の整理ができて割り切れるようになったから。
突然訪ねてきた久しぶりに会う真琴に驚いたものの、やっぱり懐かしさしか生まれない。
真琴は昔よりも柔らかい笑顔で、だけど体つきはしっかりしているところは変わらない。
「ハルの家に行かない?今年は渚達も誘って年越ししようってハルと話してたんだ。」
高校時代のあの頃を思い出して、うん。と返した。
「5年振りだね」
真琴の言葉に改めて意識した。
ずいぶんと長い間自分の殻に引きこもってたんだな、私。
「急に行かなくなってごめんね」
「謝ることないよ。名前には名前の生活もあるんだし。」
きっと真琴は私がハルのことを好きだと気付いていたはず。
言ったことはないけど、何かと背中を押してくれたことがあったな。
思い出して胸が温かくなる。
すぐに着いたハルの家の玄関前。
開ける前から楽しげな声が漏れていてクスッと笑うと真琴も可笑しそうに笑った。
「相変わらずだな」
「だね」
昔と変わらず慣れた手つきで玄関を開けて入って行く真琴の姿が、高校時代と重なって切なくなった。