Story F
□この電話を切れば終わり
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あの頃のことを思い出すのは、まだ少し息苦しい。
あんなに毎日がキラキラ輝いて見えていたのに、今では社会に揉まれて、毎日残業との戦いに追われて寝るために家に帰ってくる繰り返し。
きっと、もうあんなに人を好きになることはない。
高校を卒業して9年が経った。
忘れた日なんてなかった。
毎日愛を囁いて、指を絡めてお互いの体温を与え合う日々。
喧嘩もした。
たくさん泣いて
たくさん笑って
私の全てが彼に染まった。
離れるなんてちっとも考えなかった。
高校2年の時に一目惚れして、猛アタックして付き合った彼、真琴。
女子の理想を詰め込んだ、漫画から飛び出してきたような彼が大好きだった。
付き合ってから同じクラスの女子と一悶着あったり、上級生から呼び出されるわ、下級生からは地味な嫌がらせをされるわ大変だったのも今では懐かしい。
2年8ヶ月の交際期間でいろんなところに行ったし、浮気しただのされただの喧嘩したり、彼の部活を手伝いに行ったり、彼の部活仲間と遊びに行ったり。
彼を好きになってからの高校生活はあっと言う間に終わってしまった。
同じ東京へ進学した私達。
最初の1年は大学は違えど、お互いの部屋に泊まったり、しょっちゅう遊びに行っては家事をしたり洗濯をしたり。
小さな幸せを感じていた。
2年に上がってから、私はサークル、真琴はバイトが忙しくなり思うように会えなくなって、そこからは早かった。
連絡も日を追うごとに来なくなり、最終的にはメールの返事さえ来なくなったのは2年の6月頃だった。
寂しさに耐えきれなくなった私は、何回も真琴の家に行くが彼はいつになっても現れない。
ついには何回もかけた折り返しの電話すらなくなった。
1ヶ月経って、真琴が私の家に来た。
最後に会った時より少し痩せていて、疲れきっているようだった。
寂しい思いをさせてごめん。
バイトが忙しくて。
無理に笑う彼に私は薄っぺらい気遣いしかできなかった。
この時すでに彼のことを心から信じられなかった。
本当にバイトで忙しいのだろうか。
本当は他に好きな人でもできたんじゃないか。
そんな疑念が渦巻いて、疑ってる自分に嫌気がさした。
でも彼から離れたくはない。
半信半疑のまま生活は続いた。
会いに来てくれてからは、電話がたまにかかってくるようになった。
まだバイトが忙しいらしく、会えなくてごめんと謝られた。
信じきれない状態で会わなくていいことに少し安心していた。
8月に入って
私から連絡することはなくなっていた。真琴からの電話が唯一の繋がりになっていた。
ある日高校卒業して以来、片手におさまるほどしか会っていない、七瀬遙からの着信。
真琴が倒れた。
七瀬は冷静に私に言葉を放つ。
頭が真っ白になりながらも、指定された病院へ急いだ。
橘と書かれた病室の前に七瀬がいた。
久しぶりに見た彼は高校時代とあまり変わらない。
おまえは真琴の何を見てきたんだ。
挨拶もなしに一言。
返事も聞かずに去って行く七瀬に、罪悪感が押し寄せた。
もしかしたら私の気持ちが真琴にないことを、真琴は気づいていて七瀬に話したのかもしれない。
重たい扉を開ける。
1ヶ月前に会った真琴より、さらに痩せていて目を合わせても笑顔はない。
心配、かけてごめんね。
わざわざ来てくれてありがとう。
何も言えなかった。
細くなった手でそばに寄ったわたしの手を愛おしそうに握る。
会いたかったんだ。
毎日名前のこと考えてた。
私のこと考えてないで自分のこと考えなさいよ。なんてそんなこと言えなかった。
本当に嬉しそうに手を握る真琴を見てると涙が溢れた。
倒れた原因は、栄養失調と疲労だった。私に内緒で、2人で一緒に暮らすための資金を稼いでいたらしい。
確かに、高校を卒業する時にいつか一緒に暮らしたいと言った。
そんな昔のこと私でさえ忘れていた。
なのに彼は私の望みを叶えるために、一人で頑張っていた。
そんな私は彼が頑張ってる間に気持ちを失くしていっていたなんて。
もう一緒にはいられない。
彼をダメにしてしまうと思った。