Story F2

□すべて閉じ込めて見ないフリ
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近づいてくる唇に初めて吐き気を感じた。全然いつも通りになんかできない。
遙以外の人と肌を寄せることがこんなにも穢らわしいことだったんだ。
我慢できずに顔を背けた。
「?どうした?」
乗り込んだ車の助手席。
いつもの匂いに顔をしかめる。
こんなにひどい匂いだったっけ・・・
「ごめん、私こういうのもう辞める」
何て言われるかな。
身構えたけど、近寄ってた気配が離れた。
「そっか・・・好きな人でもできた?」
そう言った彼は無理矢理作った笑った顔。
「・・・うん」
「・・・そっか。なら会うのも今日で最後だな」

走り出した車の中から流れていく景色をボンヤリ見る。
やっぱり早くここから出て行きたい。
東京に行って、新しい生活始めて、少しずつ遙のこと忘れていこう。

いつもの曲がり角に車を停めて長い沈黙。
ありがとうでもない。ごめんでもない。私がしてきたことはどちらも言えないようなおかしなことだったんだと胸が痛んだ。
いつでも降りられるのに今更湧き上がる罪悪感で体が動かない。
キツく握りしめた制服のスカートにシワが寄るのを見つめることしかできない。
その拳の上から手が重なった。
顔を上げた瞬間横からコンコンと窓からノック音。視線を移せば窓越しに鋭い目付きで私たちを睨みつける制服姿の遙。
運転席で操作した窓が下がっていく。
「いきなりすみません。こいつ俺のなんで返してもらいます」
何の反応もできずにいると、ドアを開けられて車から降りるよう言われて従った。
私の荷物を持った遙がドアを閉めて開いたままの窓から
「もう二度と名前に会わないでください。」
そう言うと私の手を掴んで歩き出した。
未だに事情を上手く飲み込めずにいる。
なんで遙がここに?
私、遙のものじゃないよ。
どうして遙があいつにあんなこと言ったの?
さっきまで遙のこと忘れようとしてたのに繋がれた手に胸が高鳴った。
こんなんだからいつまでも忘れられないのか。
パッと手を払ってその場に留まる。
「もう大丈夫、ありがとう」
「何が大丈夫なんだよ!やめろって言ったのにあいつと会ってただろ!」
離した手をまた痛いぐらいの力で掴んできた遙。この前みたいに弱々しい遙は見当たらない。
「終わらせてきたの。だから遙が心配するようなことはないよ」
「・・・本当か?」
頷く前に抱きしめられて、胸の奥が一瞬で遙の匂いでいっぱいになった。
私は何て貪欲なんだろう。
ダメだとわかってるのに、また遙の元に帰りたいと思ってしまう。
「っ・・・離して・・・」
今になってこんなに後悔してる。
自分のことをもっと大切にすれば良かった。遙との思い出を汚さなければ良かった。
もう全部遅いんだ。
「俺、名前があんなことしてても、やっぱり嫌いになれない。戻ってきてくれ・・・好きだ。」
どんどん強くなる力に息苦しいのに、心地いいだなんて。
遙にこんな風に求めて欲しかった。
付き合ってた1年間、大事にしてくれてたのはわかってる。それでも水泳に引き込まれていく姿に置いていかれたような気がして。
私の居場所がなくなったんだと思って悲しかった。
「だっダメだよ・・・私は、もう遙と一緒に、いられない・・・」
こんな時に泣くだなんて私は卑怯だ。
まるで引き止めてくれと言ってるようなもの。
だけど止められない。
私は遙が大好きで、こんなに後悔してるんだ。
抱きしめ返すことも、突き離すこともできない。こんな自分が大嫌い。
「俺は、名前とまた一緒にいたい。ごめん。あの時俺が別れるなんて言わなければこんなことにならなかった、よな・・・ごめん。あんなことさせて、ごめん。でも好きなんだ。また俺を見てくれ・・・」
頼む。って震えた吐息にかろうじて音が乗ったような言葉。
私の目は、もう歪みまくってほとんど何も映してくれない。
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