ダイヤのA(ごちゃまぜ)

□明白
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夕方のニュースのスポーツコーナーで、少しだけ映ったあいつを見て、すごく遠い存在になったような気がして急激に寂しさを覚えた。
去年の秋のドラフトで指名されたあいつは、3学期に入ってすぐ、球団の寮に入り、今はキャンプで沖縄にいる。


入学式の日に、初めて教室で見た時は、でかいゴリラが迷い込んだのかと本気で思ったくらいデカかったんだよね。
でも話してみると、すごい気さくで、気遣いや気配りの出来る奴で、むしろ私の方が繊細さに欠けるって何度も注意されたっけ。


クラス替えしても、結局3年間同じクラスで、隣の席になる事も何度もあった。
気の許せる男友達って感じで、お互いにあいつとかお前とかって呼びあったりしてて・・・・。


その時、携帯の着信音がなり、画面にはあいつからのメッセージ。
『今、電話してもいいか?』の文字。


プロのキャンプで、早々に洗礼浴びて、泣き言でも言いたくなったか。
漫画みたいな「うしし」って笑い声を上げつつ私から電話をかけてやると、たった2コールで出やがったし。


「泣き言は早くありませんかー?」


明るく高い声でそう言ってあげると、電話の向こうでクックッと声を殺して笑ってる。


『なんだよ、それ。
俺、お前に泣き言言うために電話したわけじゃねぇぞ。』


「それなら良し!」


いつもの調子に、少しだけ胸の奥がホッとした。
2学期の終業式を最後に会っていないから、正直どんな会話をして良いんだか分かんなかったし・・・。


『つうか、明日から1軍の練習に参加する事になったから、むしろ喜びの報告をしたいくらいだよ。』


「そういうのは、成宮くんにしてあげれば良いのに。」


野球経験者でもなければ、稲実野球部関係者でもなかった私に言ってどうする!
甲子園で活躍してプロに行ったあんたを慕ってる後輩は沢山いるんだから、その子達に教えてあげれば良いのに。


『まぁ、それはほら、言うつもりでは、なかったからさ。』


ごにょごにょと、少し歯切れの悪くなった声に違和感を覚えた。


『つうか、お前さ、今・・・家?』


「ん?そりゃ、もちろん。」


もう学年末試験も終わったし。
勿論、プロ野球選手となりキャンプに参加してるような人は、試験も免除ですけどね。


『・・・・予定ないのか?』


「予定!?」


何を言ってんだ、こいつは。
ないから今、電話してるんだろうに。


『今日は、ほら、バレンタインじゃねぇかよ。』


あぁ、そういえば!
3年のこの時期、登校日すらも全然ないから、すっかり忘れてた。


「ゴリラのくせに、よくそんな人様のイベント覚えてたね。」


『ははっ、まぁな。』


容姿は別としても、稲実野球部キャプテンとして、甲子園出場選手として、1年の時も2年の時も、この時期はこいつはよく呼び出しくらってたんだよねぇ。
派手でミーハーなファンはみんな成宮くんとか2年生軍団にいくみたいだけど、こいつのとこに来るのは結構可愛らしくて本気っぽい子だなぁ・・・・って思ったのを覚えてる。


ピンポーン


その時、家のチャイムが鳴った。
両親共働きだから、この時間家にいるのは私しかいない。


「ごめん、なんか荷物来たから一度切るよ。」


『いや、切るな!このまま行け!』


でかっ!
声、大き過ぎるんですけど!


「はぁ!?」


『いいから、このまま出てくれ・・・・・・頼むから。』


がっつりゴリラのくせに、最後の方で気弱な声を出すもんだから、私もそれ以上強く言えなくなっちゃった。
急かすように二度目のチャイムが鳴るから、仕方なく携帯片手にドアを開け・・・・・・え!?


「松屋花壇です!」


ドアの外には、ドアを塞ぐくらいの大きな薔薇の花束。
そしてその後ろから、かろうじて顔を出した配達のおばさん。


「原田雅功さんからです。」


驚きすぎて声も出ない。
爆発寸前の真っ白な頭に、電話越しにあいつの声が響く。


『1年の時からずっと言おう言おうと思ってたんだけど、タイミング逃しちまって・・・・。』


1年の時から!?
だってあんたは、稲実のキャプテンで、4番で、甲子園出場選手で、プロ入りした有名人で・・・・・。


『本当は卒業式の日に顔見て言おうと思ってたんだけど、最後の最後でフラれたら結構キツイし・・・・キャンプ入りしてから、寝る前になるとお前の顔思い出すんだよ・・・。』


あいつの言葉にぐわんぐわん振り回されてる私の前で、花屋のおばさんが私に向けて花束を差し出す。


『お前に側にいて欲しいんだわ。
ゴリラとか、暑苦しいとか言いながら、俺の側で笑ってて欲しいんだ。』


なかなか受け取らない私を見て、おばさんは一度花束を抱え直し、伝票とボールペンを先に差し出した。
宛名は私で、差出人はあいつ。


『すぐ距離離れちまうし、普通の奴らよりも我慢させたりしちまうかもしれねぇけど、出来る限りの努力はするから・・・・・・・もしダメなら、花屋に受け取り拒否してくれ。』


ドクンドクンと耳の側で、大きな鼓動の音がする。


『もしダメでも、つきまとったりしねぇから安心しろ。
・・・・・でも、もし・・・・少しでも可能性があるなら・・・・。』


3年間で、一度も聞いたことないあいつの声。
実直で、強くて、でも優しい声に・・・・・・・最後まで聞かずに、気付いたら伝票に受け取りのサインをしてた。


「ありがとうございましたー。」


配達のおばさんが、大声でそう言いながら、大きな薔薇の花束を私に渡す。
思わず両手で受け取った私は、慎重に花束を左の腕に持ち替えながら、もう一度携帯を耳につけた。


『聞こえた・・・・・ありがとな。』


電話の向こう、顔が見えなくても、今あいつがどういう顔をしてるか分かる。
いつもの、優しくて穏やかで・・・バカな事言ったり、ゴリラとか呼んでも微笑んで受け止めてくれる、いつもの顔。


18年の人生の中で、一番最高のバレンタインデーを迎えた私の腕の中で、真っ赤な薔薇の花束はあいつの想いと同じくらい強い香りを漂わせていたのだった。




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