名探偵コナン
□empathy
1ページ/1ページ
「零くん、……ティッシュ。何これ泣くよぉ……切ない!!」
「ったく……ほら?夏帆が観たいって言ったんじゃないか。テンション下げてどうするんだ」
早くも後悔を溢しながら、渡されたティッシュで涙を拭う。
「鼻水も出てるぞ?」
「言われなくても、分かってる」
隣に座る零くんは、麦茶の入ったグラスをテーブルに置いて、困った様に笑うと優しく髪を撫でてくれる。
もし、私だったら…って、考えたら辛くて耐えられない。
思わず映画のヒロインに自分を重ね合わせて撃沈した。
胸の奥が、キュッと締め付けられる様に重たくて苦しくなるのは、先程二人で観たDVDの影響だった。
軽い気持ちで観た妖怪アニメに、まさかここまで泣かされるとは、思わなかった。
「感情移入するにも、程がある」
「うッ…してないよ!悲しい別れの寂しさで泣いたわけじゃない……し」
あっさりと零くんに本心を見抜れて、慌てて否定しても、この有り様では説得力もなく言い訳にしか聞こえなかった。
「この映画が、"かなわぬ恋"の物語だと、夏帆は思うか?俺は、そうとは思わないな。最後は、ある意味ハッピーエンドだっただろ?」
「え、」
"くだらない"と、一蹴されると思っていたのに、思いがけない零くんの言葉に驚いて、飲んでいた麦茶がゴグリと喉元を通過した。
「"思い通りにならない恋"が切ないんじゃなくて……。
"相手を想い合っているからこそ、一緒にいたい・触れたい"と願う気持ちに、夏帆はもどかしさや切なさを感じたんだろう?」
自分でも消化仕切れないモヤモヤとしたものが、零くんに理路整然と諭され胸にストンと落ちた。
「アニメだと、思って観ていたけど侮れないな。
もし、俺が……彼の立場だとしても、やっぱり同じことをするんじゃないのかな?」
"零くんがもし、人に触れたら消えてしまう妖怪だったら、どうするの?"
なんて、聞いたら馬鹿にされると思っていたのに……。
「な、なんで…………?」
「夏帆が、聞きたそうな顔をしてるから」
私の気持ちなど、何でも手に取るように分かってしまうのだから、零くんはやっぱり人間ではない"何か"だと思う。
「来い、夏帆……」
そんな私の馬鹿げた考えなど露知らず、端整な顔がニヤリと笑ったかと思うと両手を広げて待ち構え、悪戯っぽく再現してみせた。
零くんが、ソレをやるのは、ちょっと格好良すぎじゃないか。
思い出したら、また泣きそうになる。
しかし、何処かで、密かに期待していたのだから私も大概だ。
緩む涙腺と口許を我慢して、零くんの胸の中に飛び込むとぎゅっ、と力強く包み込んでくれる。
鍛えた程よい筋肉質の胸元に抱きつくと、規則正しい心拍音がちゃんと聞こえる。
「俺は、妖怪じゃないだろ?」
零くんは、消えていなくなったりしない。
「うん、知ってる。零くんは…………妖怪じゃなくて、ゴリラだよね」
「アハハ。憎まれ口を叩けるまで、回復してるじゃないか?」
アハハ。と乾いた笑いが、全く笑ってなどいなかったことを私は知らなかった。
ぎゅ〜っと、抱きしめられた胸の中は居心地が良かったのに、だんだんと苦しくなってくる。
ぎちぎち、と更に強く抱きしめられる。
もはや、絞め技だ。
「零くん!!キツイ、ギブ!」
「ゴリラに愛されている気分は、どうですか?」
「痛くて苦しい……です」
ドンドンと、背中を叩いてギブアップを訴え、漸く解放された時には、ぐったりだった。
「零くんも、感情移入したの?」
「さぁ……。どうだろうな?でも、抱きしめたい時に、思いっきり抱きしめられる幸せは実感してるよ、ゴリラだけどな?」
最後の台詞は皮肉のようだ。
些か低めのトーンで囁かれ、悔しいけれど惚れ直す。
幸せを実感しているのは、私も同じ。
ふぅ……と呼吸を整えて、
グッと顔を上げると、零くんに正面切って向き合った。
「ゴリラより、零くんが一番好きだよ」
零くんの口元が、嬉しそうに緩む。
「そうか、そうか。」
それから、満足した零くんに、ぎゅうぎゅうと再びキツく抱きしめられるのだった。
END