名探偵コナン
□独占欲
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「名無し?…久しぶりだね?うん。私も元気だよ」
「へぇ…。そう」
ソファに座り、楽しそうに会話をしている夏帆の弾む声。電話の相手は、おそらく友人か?
隣に座っていた俺は、会議資料をチェックしながら、携帯が鳴る前に夏帆が淹れてくれたコーヒーに一口つけて、再び紙面に目を落とした。
「…え、大地が?」
隣からひと際大きく、驚いた夏帆の声。
それは、ズキンと俺の耳を通過して、心臓を貫かれた気がした。
思わず顔を上げると、パチッと視線は自然に夏帆とぶつかった。
「そっかぁ、…帰ってきたんだ。」
会話を続けながら、夏帆は俺に向かってにっこり微笑むと、
"うるさくて、ごめんね"と片手でポーズを作って小さく謝った。
いや、別に謝らなくても構わないのだが。
気になるのは、そこじゃない。
「大地、夢…叶えたんだね。本当に母校の教師になるなんて凄いよ!やっぱりバレー部の顧問もやるのかなぁ……」
その声色は、とても穏やでどこか愛おしむような懐かしさを帯びている。
やや興奮気味に頬を上気させている夏帆の顔を見て、俺は慌てて資料を読むフリをして俯いた。
しかし、知っているはずの内容など、ちっとも頭の中に入らない。
並べられた文言をただひたすら眺めているだけだった。
大地……?
そう呼んだ、夏帆の口から紡ぎ出される、俺の知らない他の男の名前。
随分と、親しみのある呼び方をするんだな?
俺なんか…
未だ"赤井さん"のままなのに?
ふっ、と自嘲気味に唇が歪む。
頭の中で繰り返されるその名前に、心を掻き乱され、やけにイラつく。
湧き上がり、行き場をなくした感情は
先程からの、締めつけられるような胸の痛みの原因だ。
苦し紛れに煙草に火を着けて、一口吸うと、あとは紫煙を燻らせて灰皿に押し付けた。
「じゃあ…またね!みんなにも、よろしくね」
そう言って、電話を切った夏帆は、ふぅーっと、ひと呼吸をついてから
「赤井さん?コーヒーのおかわり、淹れますか?」
何事もなかった様子で、相も変わらず話し掛けてくる。
俺の気持ちなど知らないで。
「…夏帆」
「はい?」
「……大地、とは誰だ?」