バクマン。

□平丸和也の日常
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―月曜日


「平丸くん、ネームは出来たのか?」

「は?そこにあります」

テーブルに突っ伏したまま、足元に放り投げたネームを指差せば、吉田氏は静かに拾い上げた様で、パラパラとページを捲る音だけがする。

「やれば出来るじゃないか?平丸くん!……面白い!!」

相変わらず読むのが速い。人が苦労して書いたんだ。本当に読んでいるのか疑問だ。

ぼんやりと思いながら、これからペン入れしなくちゃいけない憂鬱さに襲われる。

直せ!と、言われなかっただけマシではあるが。

「何か、励みになるものが無いと描けません…」

「……何が欲しいんだ?平丸くん」

「…へっ?」

あれ、心の声が駄々漏れしたのか?

「いや、今、はっきり自分で言っただろう…」

頭上から、吉田氏に呆れ気味に言われ、そうかと納得した。

何が欲しいと聞かれても、それを考えるのが、吉田氏の仕事じゃないか…もっと、ちゃんと操縦してくれ…。

「あ!」
僕の脳裏に浮かんだのは、先日見かけた吉田氏と打ち合わせしていた女性作家さん!
彼女になんとか会わせてもらいたい。
作品をより良くする為にも、お互いに励みになるように!とか理由をつけて、これだ…!


「吉田氏イィィ〜ッ!」

吉田氏の足元に、ガシッとしがみついた。
駄々を捏ねて、ねだる作戦だ。
僕だって、可愛い子とお茶してみたい!!


「な、なんだっ?」

「あの人を、僕に紹介してくださーいっ!」

「はぁ。あの人?って、どの人だ?」


「女性作家さんですよ。土曜日、オープンカフェで打ち合わせしてたじゃないかっ!!
長い黒髪で、お目めくりくりの可愛い子!僕は、しっかりと見たんだ!彼女に会わせくださいっ!
より良い作品を作るためにも!励みになる友達が欲しいんだっ」

ノンブレスでまくし立て、吉田氏を見上げて、恐怖に戦いた。

「ひッ」喉奥で小さく悲鳴を上げる。

吉田氏の顔が見えない。
まっ黒だ。
なんか、マズい事言ったか?

「土曜日?あ、あぁ。やっぱり、あの後ろ姿は平丸くんだったのか…。励みになる友達なら、亜城木くんや、新妻くんがいるだろう?」

「彼等は尊敬に値します。僕が欲しいのは、女性のお友達っ!」

なおも、食い下がるが、

「無理だっ!」

極悪人面で、一蹴された。
まったく取り合わずに、はねつけること…の意味以外に文字通り、本当に蹴りが入った。
…なんたるドS。

「クソッ吉田め」

しかし、コレくらいで諦める僕ではなかった。

後日、僕独自のルートで名前も知らない彼女について調べ上げた。
そして、その真実に僕は愕然とし、過ちを知った。
確かに、ジャックには女性作家さんは存在する。
しかし、吉田氏の担当ではなかった。
よって、打ち合わせなどあり得るはずもない。


「長い黒髪?お目めくりくり?あー、果歩ちゃんだろ?吉田さんの彼女だよー。可愛いよね…って、あれ?平丸くん大丈夫?
てかさー、新妻くんの邪魔になるから、早く帰った方が…それに、そろそろ吉田さんがお迎えに来るんじゃない?」

「雄二郎さん…僕なら、だいじょうぶですケド?平丸先生オモシロイです!」

「あーあと、吉田さんの彼女の話、僕から聞いたって、言わないでくれよ?
僕が吉田さんに怒られるから」


「ハイ。大丈夫です雄二郎さん。言いませんし、言えません。迎えが来る前に、逃げます」

極秘だが、教えてくれたのは、名前は伏せるがあの人だ。
会話文でバレてるのは、読まなかったことにした方がいい。きっと、気のせいだ。
あの人は…吉田氏の彼女だったのか。
落胆しても仕方ない。
それ以降、僕はその話題を口にすることなく、闇に葬った。




―…そう、これは、2ページにも渡る僕の回想だ。
(なっげぇーよ!!と、石はなげぇ…いや、投げないでくれ)

お礼にお茶でも?
なんて、誘ってしまったのは、偶然にも吉田氏の彼女だった。

どおりで、見覚えが有るはずだ。

"吉田氏の彼女さん…ですよね?"と、
問えば彼女はハイと、ほんのり頬を染め短く答えた。

やはり、お世話になっている吉田氏の彼女さんなら、お礼をしたいと申し出れば、
彼女は困ったように笑って、缶コーヒーを奢ってくださいと言った。

缶コーヒーでは、格好つかないな…と考えながらも僕は今、アイスコーヒーのカップを両手に持ち彼女の待つ、ベンチへ戻るところなのである。

おそらく、あと少しすれば吉田氏が犯人を追跡する刑事の如く、確保に来るのだ。
彼女と一緒にいる僕を見て驚くがいい!

「ざまぁ〜♪吉田氏」

今日は、いつもより気分よく回収されてやろうと、僕は思うのだった。



END

08,11


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