バクマン。

□見えない鎖
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「んっ……ゴクリ」

口移しで口内を満たされた、生ぬるい紅茶を無理やり喉の奥へと、流し込んだ。


それを、目を細め眺めていた幸司さんの顔は、何時もより満足そうだった

「果歩、仕事に行ってくる。」


いい子で待ってろよ、と再び唇を塞がれ
くちづけは執拗なほど、深く深く落とされた


「ン、ハァ… いってらっしゃい、幸司さん」


呼吸を整えながら急いで紡いだ言葉を受けとってくれたのだろうか…

ただ、私は部屋を出ていく彼の後ろ姿を未練がましく見つめるしかない


これから、幸司さんが帰ってくるまでの時間をどうやって潰していくか…

ただ、それだけ。


彼は、とても優しい
好きな物はなんでも買ってくれる
洋服に靴、アクセにコスメ
読みたい本、ゲームやDVD


"欲しい"と言えばなんでも惜しみなく与えられ

彼はなんでもしてくれる
着替えから食事まで…

ワレモノを扱うように、丁寧に
優しく触れて抱きしめてくれる


さながら、私は幸司さんの着せ替え人形のよう


身も心もゆっくりと順を間違わずに崩され
溢れ出る愛情を注がれては受け止める

毎日毎晩、それは繰返された
これが、私達の常。



「何不自由のないこの家から、出てはいけない」

唯一、彼との約束


だからといって、幽閉されている訳ではなくて
幸司さんと一緒なら、買い物にも行くし映画にも行く全く外へ出ないわけじゃない、部屋の鍵はいつも開けてある

退屈するが、窮屈ではない



「果歩、嫌なら逃げてもいいんだぞ」


幸司さんは、眠りにつく前に、私の耳元で必ずこう囁く…綺麗なほど悲しい表情で


それは、まるで見えない鎖のような言葉

逃げたいなんて、思ってないの

待ち合わせのように幸司さんの薄い唇に自らの唇を重ね合わせて、私なりの応えかたで身を委ねた



突き放されたら、縋りつきたくなる
逃げるつもりなどない

それを、彼はよく知っている


どちらも正気の沙汰とは思えないこの関係は
終わることなどない


だって、私は…幸司さんを愛しているから

今日も、なかなか進まない時計の針とにらめっこしてドアの向こうから来る愛しい人が帰りを待つのが…



何よりの幸せ


END
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