文学の夢
□予兆と平和
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「すンませんでしたッ!」
「へ?」
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act.3 予兆と平和
時は移り今は調度お昼の時間。
今日の午前は依頼もそんなに来ずみんな暇だったので、本当は敦と二人で行くつもりだった買い物とお昼に、他のメンバーも誘ってやって来ていた。
敦の日用品を一通り買い揃えた今は、俺の行きつけ飲食店で注文を待っているところ。
(ここの味噌汁とデザートは天下一品なのだ。)
そこで俺が温かい緑茶をほのぼのと啜っているときに、冒頭のセリフは飛び出したのであった。
「本当にすンませんでしたッ!
その、試験とは云え、随分と失礼な事を…。」
そう言ってゴンッと額をテーブルに擦り付けたのは垂れ目代表の潤一郎。
その苦労してそうな顔をさらに辛そうに歪めて、ひたすら敦に頭を下げていた。
うん、何だか良く分からないが、潤一郎が敦に何かしらやらかしたらしい。
眉をハの字にして必死に謝る彼を 良いんですよ、と焦ったように止める敦と、ニコニコと完全に愉しんでいる様子で眺めている太宰さんが何だか対照的で面白かった。
「何を謝ることがある。
これも仕事だ、谷崎。」
敦と潤一郎が謝る謝らないでわーわー騒いでいると、持っていた湯呑みを少し乱暴に置いて、国木田さんが言った。
おでこの赤くなった潤一郎がやっとテーブルから顔を離す。
打ち付けたのが痛かったのか、若干涙目だ。
そんな光景に太宰さんはケラケラと笑った。
「国木田くんも気障に決まってたしね。
独歩吟客!!」
「ばっ…違う!!」
カッ、と目を見開いてキメポーズで国木田さんの真似をした太宰さんに、国木田さんは額に青筋を立てて食いかかる。
太宰さん、完全に国木田さんの反応見て遊んでるな。
………ぷっ、さっきの物真似じわじわ笑えてくるやばい似てたわ。
やべぇ腹筋攣る!!!
「おい!!名前も何を笑っている!!」
『だって…!ぷっ、くくっ…!!
地味に似てたんだもん…!!』
似てない!!!とキレて叫ぶ国木田さんに、俺はついに腹筋が崩壊した。
やばいやばい面白過ぎだろ国木田さん!ぷくくくっ!!
俺は腹を抱えながらテーブルに突っ伏する。
俺が腹を引きつらせる振動が地味にテーブルに伝わっていてギシギシと動くが、俺が笑いのツボにハマると中々抜け出せない事は探偵社の皆承知済みなので、もう諦めたようで何も言ってこなくなった。
それを知らない敦だけが、呆れたような視線で見ているのが何となく感じられた。
俺が笑い続けている間はなんか国木田さんが真面目っぽい事を言ってたり谷崎兄妹が改めて自己紹介をしていたり。
(太宰さんがこんなところでまで自殺の算段を立てていたのは気づかなかったことにする。)
俺の笑いも、谷崎兄妹の自己紹介が終わった辺りでやっと落ち着いてきた。
だから俺はそろそろ姿勢を戻そうとした、のだが…。
『ん?』
ニュルリ。
テーブルの下、俺たちの足元に、しなやかな細長い躰を持つナニかが見えて、俺は動きを止めた。
このシルエットは…。
俺がこのままの位置にいると影でソレがはっきりと見えないので、俺は椅子を引いてスッとテーブル下を覗き込んだ。
するとそこには、やはり俺が想像した通り、深緑色の蛇が、その長い躰をぐるりとうねらせてそこに這っていた。
「名前?どうかした?」
敦が、俺の動きに気づいたらしくそう聞いてきた。
他のメンバーも会話を止め、不思議そうに此方を覗き込んでくる。
俺は『ああ、ちょっと…』と上の空のような返事を返しながら、その蛇の方へスッと腕を伸ばした。
『君、どうしたんだい?おいで。』
蛇は、暫し俺の腕を見つめた。
品定めしているのだろうか、今度は蛇が視線を俺の顔に視線を移したので、俺たちは自然と睨めっこしているような状態になった。
蛇の金の瞳と俺の赤に染まった瞳がぱちりとかち合う。
すると、数秒後、蛇は一度シャーッ、と声を漏らすと、牙を隠して優しく俺の腕に巻きついてきた。
…俺の能力は動物と話す能力。
数多の動物達と接した経験からわかることだが、この蛇は俺を認めてくれたようだった。
俺は一度能力を解いた。
瞳が元の深いブルーへと戻っていく。
俺はその蛇が巻きついた腕をそのままにのっそりと起き上がった。
『見てみて国木田さん、蛇さんいた。』
「なっ!」
俺がにこりと国木田さんの方に腕を掲げると、国木田さんは小さく叫んで、すぐさま真っ青な顔で椅子ごと後退りした。
(俺も最近知った事なのだが、国木田さんは蛇が苦手なのだそうだ。)
うん、いつもいい反応してくれる国木田さん楽しい。←
「わぁ、立派な蛇だね。」
「へっ、蛇!?」
国木田さんとは反対に、太宰さんは特に驚いた様子も無く茶化すように巫山戯た拍手を送りながら淡々と言った。
敦は…まぁ俺の能力見せたことないしそりゃ驚くか。
「蛇だなんて!危ないんじゃ…!!」
「ふふ、それが、名前様なら大丈夫ですのよ。」
「え?」
困惑する敦に、俺の代わりにナオミが答えてくれた。
ナオミはくすくすと余裕に笑う。
「動物と話す能力。
それが彼の、名前の異能なんだよ。」
「異能…。」
湯呑みを指先で弄りながら、潤一郎が言った。
敦は、その言葉を呑み込めているのかいないのか、ポカンとした様子で無意識に俺を見た。
チョロ、と蛇が鮮やかなピンク色の細い舌を覗かせた。
スッと、太宰さんは目を細めた。
「でも、名前のところに動物が来たということは…。」
輝く鱗をじっくり見ながら、彼はそう呟く。
先程の巫山戯た気配はなく、声色は少し低かった。
俺はこくりと頷いた。
それから敢えて明るい口調で そうだな、と肯定する。
フッと、また俺の瞳が赤色に変わった。
『君、何か俺に伝えたい事があって来たんだろ?
良ければ、教えてくれないかな。』
俺がにっこり微笑んで言えば、蛇はスルリと俺の腕を這い、目線を合わせた。
《ああ。その為に来たんだからな。
…だが、俺が伝えたい事は一つだ。》
『……。』
俺は、無言で言葉の続きを待った。
蛇の縦に裂けた瞳孔が、キュッと小さくなった。
《名前…。
狙われている、気をつけろ。》
『!』
俺は蛇の瞳をじっと見つめ返した。
蛇は動かない。
…俺が、狙われている?
何処の誰がそんな物好きなこと…?
俺は内心困惑していたが、それを隠してにこりと笑みを浮かべた。
『そうか、教えてくれてありがとう。』
俺は能力を解いた。
少し熱くなっていた瞳が冷めていくのを感じる。
蛇は、最後にもう一度だけ俺を一瞥してから、するりと離れていった。
「名前…、蛇は何て?」
蛇が静かに店を出て行くのを見つめながら、敦が恐る恐るそうたずねてきた。
国木田さんも谷崎兄妹も、皆一様に静かに俺の言葉を待っているようだ。
珍しく太宰さんまで静かだ。
まぁ…敦はともかく、俺の所にああいう獰猛な動物が来ると、全くもって碌な事が起こらないのは皆経験済みなので仕方ないのだが。
『そんな気にするような事でもなかったよ。
俺の友達の黒鳥に子供が産まれたから伝えに来てくれたんだ。』
めでたいよな。
そう付け足した俺を見る視線は様々で。
俺は湯呑みを取ってグイッと残りを喉の奥へ流し込んだ。
まだ冷めていない緑茶が食道を掠め、胸から熱い息が漏れる。
ぷはー。
俺は思いっきり良い飲みっぷりを披露してから、食べ終わった食器を重ねた。
そしてそれを太宰さんの前へ差し出す。
『それでは。
太宰さん、ご馳走様でした。』
「えっ、私?」
俺はいきなりの事に戸惑った太宰さんの一瞬の隙をついて、鞄を引っつかんで席を立った。
ついでに、敦の腕もガッとホールドする。
かなり驚いた様な声をあげた敦は取り敢えず置いといて、俺はにっこり微笑んでから…
そのまま逃げた。
「あっ!コラ!待ちたまえ!!」
『俺たちの安眠を邪魔したツケということでー!!
よろしく、
治様♡』
「いくらでも払おう。」
「ええ、それでいいんですか太宰さんんん!?」