07/23の日記

12:58
「千夜一夜」について
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 今更ながら「千夜一夜」という特殊な世界観について、触れてみたくて書いています。

 以前ある方々から「千夜一夜」という特殊な世界観について、ご指摘頂いたことがあります。

 ひとつは主人公であるアベルが、自分を殺そうとした罪でリーディアという14歳の少女が殺されるのに、助けようとはしなかった点について。

 主人公なら助けるべきなのでは? と指摘されました。

 そうですね。

 普通のなんの責任も義務も背負っていない、正義感だけで世界を救えるヒーローならば、ここは我が儘に「助けようよ」と主張できたかもしれません。

 しかし彼は世継ぎの王子であり、我が儘に振る舞えない立場にありました。

 しかも彼は身内にとっては、特にそういうとき我が儘をぶつけられるケルト王にとっては、20年近く生死不明で心配をかけてきたため、命が関わることではこれ以上心配をかけたくないという背景がありました。

 食事も喉を通らない。

 勿論眠れない。

 そこまで心配をかけたのに、それでも原因である彼女を救えと願うなら、少なくとも頼ってきた彼女の母親が、逆境を跳ね返すだけの気概や決意を見せる必要があったんです。

 ただ助けてくれと甘い汁だけ吸おうとするような都合のいい願いで、自分が死にかけたために、苦しみ傷付いたケルトたちを更に傷付けることはできなかったんです。

 簡単に言えばアベルはリーディアの命か、自分を愛してくれる人々を傷付けるか、二者択一を迫られて、リーディアの命を取るなら、それに相応しい覚悟は提示されなかったということです。

 だから、最終的に自分が我が儘を言ったところで、事が大きくなりすぎているから救えないと諦めたわけです。

 ただ彼もなにも感じていないわけではないので、この結果は一生引き摺っていくでしょうね。

 これひとつとっても、ちょっと特殊な設定ですよね。

 世界観が。

 もうひとつは上に書いたことと相反するんですが、レティシアがお忍びで王都に出た出だしの部分と、それを庇ったアベルの反論について。

 無責任なのでは? と指摘されました。

 こちらで重点を置いて頂きたいのは、この反論をした時点でアベルは自分の身分を知らないという点。

 後はこの世界は今の日本とは違い、王族が民の生活を知ることは一生なく、それ故に理解しない。

 そのため国民が王族や貴族に不満を高まらせているという点。

 その象徴としてシスターでありながら、貴族専門の怪盗というキャラクターで、シスター・エルを出しました。

 これらを踏まえた上で潜在的に王の目線を持っているから、アベルは王子らしく我が儘にああ言えたんです。

 一庶民なら言えなかったでしょうね。

 逆に生粋の王子であっても言えなかった。

 王子でありながら、吟遊詩人として生きてきて、現実を知っているアベルだから言えたんです。

 決して無責任に煽ったわけではありません。

 危険を承知していても、そういう真似が必要だと判断するくらいには、民たちの反感や不満が高まっていたということです。

 こういう政治を絡めた世界観の設定は難しいですよね。

 リアルに書くと色々と制限が生じるし、ファンタジーだと割り切って書くと、「千夜一夜」の設定だとアベルを主役にした意味がない。

 というわけで指摘された点について、今更ながら説明したくて書きました。

 通じたかなあ?

 連日暑いですが皆さん。

 お身体には気を付けて下さいね?

 奏でした。



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