短編集

□第5章 時代を超える想い
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 何故だろう。

 共に過ごした時は短い。

 儚い一瞬の錯覚のような日々だったのに、瑠璃の面影は鮮やかに心に刻まれて、彼女がなにを考えているか、どうしてそうするのか、真弥には手に取るようにわかった。

 だから、真弥が殺されなくても、この部落から追放されたら、おそらく逃げ出せない瑠璃は生命を絶つだろう。

 そう……わかる。

 だったら万にひとつの可能性に賭けて、共に生きられる未来を夢見たい。

 それがダメなら死ぬときは、ふたり一緒だと決めた。

 由希にそう告げたときの決意のままに。

 ただ悔やまれるのは彼女の決意を見抜いて止められなかったことだ。

 巫女の力に触れなかったことが、真弥の最大の誤算だった。

 瑠璃のこの行動には巫女の力が絡んでいると、今ならわかるから。

 由希の辛さを無視して自分だけ幸せになるには、なにもかもわかってしまう瑠璃の力が邪魔だったのだ。

 そのことに気付いていれば、彼女が行動を起こす前に奪うこともできたのに。

 それを思うと凄く悔しかった。

 普通の少女として扱うことが、瑠璃を救うと思って、真弥はそのことばかり意識しすぎたのだ。

 瑠璃自身にとってはそれが救いでも、巫女の力は現実。

 それが招く未来も踏まえて動くべきだった。

 今更考えたところで結果は変えられないが。

 完全に陽が落ちて夜が訪れると、神殿の篝火に照らされた森は一気に静寂を増した。

 襲撃するなら夜がいいかと思ったこともあるが、こうして見ると却って不都合が多いことがわかる。

 真弥には光源がないが、神殿を守る兵士たちには篝火という確かな灯火があるのだ。

 向こうは真弥を見付けやすいが、真弥は姿を隠せば身動きが取れず、姿を現せば格好の的になる。

 そう悟らざるを得なかった。

 篝火は襲撃に備えた位置にあって、守護する者には有利でも、襲撃する方には圧倒的に不利になるように配置されている。

 位置を見るだけでわかるのだ。

 どこから攻撃を仕掛けても、おそらく真弥にはろくに周囲が見えなくて、迎え撃つ兵士にははっきりと真弥が見えるだろうということが。

「夜は逆効果、か」

 ひっそりと呟いて踵を返した。

 今夜のところはここまでだ。

 村長が帰った以上処刑は行われない。

 処刑は村長の立ち会いがないとできないからだ。

 つまり明日村長が神殿を訪れるまでの生命は保証されたことになる。

 その繰り返しで1週間だ。

 早く助け出したい。

 方法を探り、瑠璃の居所を探すだけで、無為に過ぎていった日々。

 残された時間が短くなるほど心が焦る。

 だが、どこから探っても隙はない。

 つまりどう攻めても結果は同じということだ。

 なら。

「正面突破しかないな。どこから攻めても同じなら、力ずくで正面を突破するまで」

 低く呟いた。

 できれば早朝がいい。

 人々が交代する時間帯を狙えば、その分、隙が生じる。

 それに夕刻の交代と違って、早朝は気が緩む傾向にある。

 何故かというと夜を越えたからだ。

 朝になれば人間の心理としてホッとするものだ。

 それが交代の時刻なら尚更。

 最大の油断、だ。

 だが、その頃には村長がやってきて機会を得られない。

 しかし最悪の場合、時間帯なんて気にしている余裕なんてないだろう。

 村長が離れたときが最大の機会だから、それが夜以外ならやるしかない。

「離れている時間が辛いよ、瑠璃」

 ささやきが閉じ込められている彼女の元まで届けばいいとそう思う。

 あれからだれとも連絡を取らず、ほとんど接触も持たない真弥は、由希の父が用意してくれた家も出て、適当に見付けた狩猟小屋で過ごしていた。

 ずいぶん前に捨てられたのか、この部落で生まれ育った真弥も知らなかった。

 それを利用するようになったのも1週間前からだ。

 今はだれとも逢いたくない。

 そう思って歩を進めようとしてギクッとした。

 どうやって知ったのか、狩猟小屋の前に由希が立っていた。

 思い詰めた顔色で。

 握り締めた両手が震えている。

 だが、声をかけるつもりにはなれなかった。

 彼女の傍を通り抜け、中に消えようとしたとき声が届いた。

「瑠璃さまはたぶん神殿で1番警備の厳しいところにいるわ」

 驚いて振り向いたが、やはり声は出なかった。

 これからもし生き延びたとしても、彼女のしたことを許せる日はこないだろうから。

「極秘部屋の牢獄がどこにあるのか、あたしも知らないわ。でも、予測はできる。瑠璃さまが監禁されている場所は、兵士たちが絶対に行かせまいとするところ。神殿で1番警備の厳しいところよ。神殿は……そういうところなの」

 俯いた由希がそう言った。

 それは歴代の巫女が君主とは名ばかりで、実は囚われ人だったことを告げる言の葉なのか、真弥にはわからなかった。

 ただそれだけを告げてなにも言わず、踵を返した由希に声を投げた。

 たった一言、本心からの言葉を。

「ありがとう」

 告げた後はそのまま休もうと中に入った。

 信じられないと振り返った由希は見ないまま。

(あたしは……もう赦されないって、二度と声もかけてもらえないって思っていたのに)

 なのに真弥は言うのだ。

 ありがとう、と。

 だから、瑠璃なのだろうと、今なら素直にそう思えた。

 涙が頬を伝っていく。

 今更どうにもならない過ちを繕う術もないのだと噛み締めながら。




「いい加減に同じ質問を繰り返すのはやめて、村長。同じ言葉を答えるのは、もう飽きてしまったわ」

 うんざりとそう漏らす瑠璃に村長は苦い顔を向けている。

 問いかけているのは力の有無についてである。

 村長にとっては大事なことなのだ。

 だが、瑠璃の返事はいつも同じ。

「由希がそう言ったのなら、そうなのでしょう」……と。

 それは肯定のようでいて否定のようでもあった。

 何故なら真偽のほどを由希の証言に任せているからだ。

 瑠璃自身がそれを認めたわけではない。

 が、そこを指摘しても返ってくる答えは同じ。

「由希は嘘は言わないわ。彼女はわたしが言った通りに、あなたに報告しただけよ」……と、にべもなく言い切る。

 どこまでいっても瑠璃自身の確言は貰えなかった。

「巫女殿。どうして力の有無に拘っているか、聡明なあなたにおわかりにならないか? もしあなたが力を失っていなければ、この部落がどうなるか」

「そんなこと、わたしが知っているわけがないでしょう」

「巫女殿っ」

 責任逃れに聞こえて村長が怒鳴ったが、瑠璃はまたあっさりと言ってのけた。

「わたしはもう巫女ではないわ。ひとりの妻よ。そんなことを知る術はないわ。それはあなたが1番よく知っているでしょう? わたしを捕らえ、ここに連れてきたのはあなただもの。そうではなくて?」

 巫女ではなくひとりの人妻として瑠璃を扱ったのは、自分自身だと指摘され村長は絶句した。

 そうして気付く。

 彼女はどこまでも名言を避けている。

 力の有無については由希の証言についてだけ口にして、自分ではなんとも言っていない。

 失ったとも失っていないとも。

 巫女の地位についても同じだ。

 そこから引き摺りおろし、捕らえたのは村長だと指摘しているだけで、力がないから巫女は名乗れないと宣言したわけではない。

 由希の証言を信じてそうしたのだろうと、遠回しに暗示されているだけだ。

 これはどういうことだろう?

 裏返せば由希が前言撤回をすれば、瑠璃は力を失ってなどおらず、今も巫女としての力を保持していることにならないか?

 だが、もしそうなら殺される覚悟をするほど、由希に義理立てするのは何故なのか?

 確かめなければならない。

 由希に。

 本当のことを。

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