短編集

□第4章 破滅への予兆
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「またきみらしく解釈してるみたいだけど、ぼくはきみを侮辱してるわけじゃないよ?」

「どこが違うの?」

「言ったはずだよ? きみを愛せないぼくが傍にいることは、きみのためにならないって。きみのためじゃなかったら、ぼくはおじさんの好意にもっと甘えてるよ。ぼくがどんなに家を見つけたって、ここよりは劣るんだよ? それでこの季節に出ていくことがなにを意味するか、本当に由希は気づかなかったの?」

「好きになれなくても、傍にいてくれるだけで、あたしはっ」

 叫びかけた由希を遮って、真弥がまたため息をついて言った。

「傍にいるだけで満足? ありえないよ、そんなことは。ぼくがきみの傍にいて、違うだれかを愛して、そうして離れていっても、満足だって言える? 傷つかないって言える?」

「ありえないもの。そんなこと」

 震える声で否定すると真弥はかぶりを振った。

「由希。ぼくはきみの所有物じゃないよ。自分の意思を持ってる。だれかを愛さないって、どうしてきみが断言できるんだ? その答えはぼく以外は持っていないはずだよ。そんなこと強制されたって好きになるときは好きになるし、愛せない相手は愛せないんだから」

 瑠璃の説得が脳裏を過った。

 どうして彼女と同じことを言うのだろうと、心の底から悔しかった。

 もしかしたら巫女としては異端と言われてきた彼女なら、真弥とも共感できるかもしれないと、分かり合えるかもしれないと、ふとそう思った。

 そう思うと腹立たしくて悔しくて涙も出ない。

 瑠璃と由希のなにが違うというのか。

 彼女もなぜ由希が間違っているというのか。

 大事な人にはなにも分かってもらえない。

 それともふたりが言っているように、本当に分かっていないのは、由希の方なのだろうか。

 でも、だとしたら何故他の人はなにも言わない。

 間違っているのなら、もっと大勢の人からきらわれるものではないのか?

 だが、周囲の人から好かれているのかと、もし問われても答えられないことに気づいて、余計に悔しくなった。

 なにも言い返せなくて。

「今までお世話になっているという遠慮と、幼なじみとしてのきみにどうしても強いことが言えなくて、本心は言わないようにしていたけど……はっきり言うよ、由希。間違いは間違いだと指摘することが、本当は1番きみのためになることだと、今ならわかるから」

「真弥」

「由希はだれにもきらわれたことがないと思ってる?」

「そんなこと」

 当たり前だと言おうとして、でも、真弥のまっすぐな瞳を見ていると、どうしても違うと言えなかった。

「きみは気づくこともしなかったね。みんな、その場、その場ではきみの意見に従うけど、いざというときにきみを優先してくれたことがあったかい?」

「……」

「みんなが本音を言わなかったり、きみに対して遠慮していたのは、きみに人として魅力があるからではなく、すべてこの家の権威だよ。みんなが恐れていたのは、きみの機嫌を損ねることで、この部落での立場が悪くなることだった。きみのことを本心から大事だと、友達だと思っていた人は、ぼくの知っているかぎりだと、ひとりもいないね」

「ひどいことを平気な顔で言うのね、真弥……」

 泣きだしそうだった。

 はっきり言われて。

 真弥もちょっと傷ついたような顔をしてそっと背けた。

「言っておくけど、こういう事実をきみに伝えるのが、ぼくには簡単なことだとか、平気なんだって誤解はやめてほしい。どうしても今まできみを傷つけられなくて言えなかった真実だから」

「言い訳じゃないっ」

「……そうだね。今まで知らなかった現実を突きつられたきみにしてみれば、そんなことを言うぼくの神経の方を疑うだろうね。でも、これが現実なんだよ、由希。その証拠にだれかきみの悩みに親身になって付き合ってくれる人がいるかい? 損得抜きできみを気遣ってくれる人がいるかい?」

「ひどい」

 泣きたいほど悔しいのに、真弥は居心地が悪そうに顔を背けてはいても、揺るぎない主張を譲らなかった。

「ひどいことを言っている自覚はあるよ。でも、言わないといけないことだから」

「傷つけることを言うことが? それはあなたの放漫よ、真弥っ」

「違う。君のために言ってるんだ。憎まれても、だれかが言わないと指摘しないと、君は気づけないだろう? そうしたら君はいつまでもひとりだ。だれも気遣ってくれない。だれも本当の友情を向けてはくれない。それじゃあ、どれだけの取り巻きに囲まれていたって、君はいつもひとりぼっちだよ。それがわからないの?」

 本当に孤独なのは由希だと言われたようで別れ際の瑠璃の顔が脳裏に浮かんだ。

 同じように傷ついた顔をしていた。

 もしかしたらあの問いは、否定してほしくて出した問いだったのかもしれない。

 同情じゃないと、本物の友情だと言ってほしくて言ったのかもしれない。

 そのくらい信じがたい現実を聞いたということだ。

 由希の本当の姿を知らなかった瑠璃にとって。

 だから、問うた。

 否定してほしくて。

 なのに由希はなんて言った? 気遣ってくれる彼女になんて答えた?

 何故間違っていると言われるのか、今もまだわからない。

 真弥の説得はすべて心を突き刺すけれど、その意味はわからない。

 わからないけれど現実を言い当てていることが、すべて真実なのだと教えている。

 そのことは辛くても認めた。

 わからないけれど。

 でも、たったひとつわかったことがある。

 由希は間違えた。

 瑠璃がなにを不安に想い、問いかけてきたのか悟ってやろうともしないで、そのとおりだと言ったのだ。

 純粋な彼女をどれほど傷つけただろう?

 なにもかもすべてがこんなふうに単純明快なら、由希も間違っていると言われても納得できたかもしれない。

 だったら、何故と思ってしまうのは、由希の傲慢なのだろうか。

「あなたがなにを言いたいのか、あたしにはわからないわ。でも……真弥」

「由希?」

「あなたの言っていることがすべて本当で、みんなあたしのことなんてどうでもよくて、いやいや付き合っていたなら、どうしてそう言わないの? 間違っていたらどうして責めないの? それで気づけとか言われてもできないわよ」

「そうだね」

 真弥がため息をついたとき、不意に奥の部屋から由希の父が現れた。

「それはね、由希。君がわたしの跡取り娘だからだ」

「父さん」

「おじさん」

 正面から由希を糾弾していたことを悔いるような声を出す真弥に彼は笑ってみせた。

 そして言った。

 一言。

「ありがとう、真弥」

「「え……」」

「由希のために敢えて憎まれ役を買って出てくれたのだろう?」

 気まずそうに顔を背ける真弥を、由希が意外そうにみた。

 その彼の態度が事実だと告げていたけれど。

「どうして礼を言うの、父さん? なにがあたしのためなの?」

「わからないかい?」

 振り向いて問われて頷いた。

「真弥は由希のためになることしか言っていないよ?」

「どこがっ」

 感情的に言い募ろうとする由希を、父の優しい声が遮った。

「全部」

 一言で断言されてしまって、由希はもうなにも言えなかった。

「今のままでは由希に救いはない。だれの好意も得られない。だから、真弥は憎まれるのを承知で、由希に隠していた事実を伝えた。これが彼の誠意でなくてなんなんだい、由希? もしこれがただの陰口だったりしたら、正面から由希を糾弾してわたしの元を去った真弥はどうなると思う?」

「この部落にいられなくなるだろうね、ぼくは」

 淡々と真弥が答えて唖然と彼を見た。

 そういうことは由希は一度も考えなかったので。

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