短編集

□第1章 落ちこぼれ剣士
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「ほんと自分でも思うよ。なんでぼくはこんな向いてない職業についてるんだろうって。
 いくら両親の遺言とはいえ、もう少し考えて決めればよかったよ。つくづくぼくには向いてないと思うから」

「そうか? おまえほどの腕があって向いてなかったら、みんなクズじゃないか」

 そこまで言われると困るのだがと、真弥の顔に書いている。

 ふたりの会話を聞いていた傍観者たちは、真弥の事情を知って呆れたような顔をしている。

 天才と呼ぶに相応しい才能の持ち主らしいが、それを発揮できないのでは宝の持ち腐れである。

 これで試合になると負け知らずなのだから、それは妙な噂も広がるだろう。

「別におまえが選んだ生き方にケチをつける気なんてないけどな。こんなご時世なんだ。もうすこし真剣になれよ、真弥。そんな調子じゃあ、いつかおまえが殺されるぞ?」

「それもいいんじゃない?」

 あっさりした真弥に勇人が絶句する。

 気負いもなにもないから真弥は怖いのだ。

 鷹揚で人当たりがよくて真弥は温厚な人柄だと思われがちだが、その実かなり冷酷というか、冷淡な面も持っていた。

 生きることに執着していないのだ。

 別に死にたいわけではないらしいが。

 流されて生きているというか、現実味が伴わない人物なのである。

 そのせいか真弥を見ていると神秘的だという噂もあった。

 真弥という青年は不思議な青年だと。

「とにかく西の部落と戦になるかもしれないんだ。今度こそ初陣だって覚悟してろよ?」

「何度目の初陣かわかってて言ってるわけかい、勇人?」

 呆れたような口調に睨み付けると、真弥は肩を竦めてみせた。

 そのまま眠ってしまうつもりなのか、もう勇人には意識も向けずに目を閉じる。

 扱いにくい奴だとため息をつきながら、勇人もその場を後にした。

 やはり子供の頃に両親を亡くしたからだろうか。

 真弥がすべてに対して投げやりなのは。

 なにも持っていないと、あんな風になるのだろうか。

 可哀想な奴だと、ちょっとため息が出た。




「いいですね? 絶対にカツラをとったらダメですからね? 瑠璃さまの黒髪は目立ちすぎますから。それと必ず少年らしい言動をとるようにしてください。瑠璃さまがお戻りになられるまでの短い間なら、あたしがなんとか誤魔化しますから」

 そう言って由希に送り出してもらったのは、ついさっきの出来事である。

 本当はひとりの時間の長い昼に出してくれるつもりだったらしいのだが、支度が長引いて、こんな時間になったのだった。

 なんの支度かといえば、瑠璃を見れば一目瞭然。

 少年らしい髪形の亜麻色の髪のカツラ。

 どこにでもいる子供が身に付けているような男物の衣装。

 瑠璃は男装して抜け出しているのだ。

 これをすべて用意してくれたのは由希である。

 彼女の家が富豪だからできることで、実際バレれば彼女が責に問われるのだが、それでも由希は瑠璃のために動いてくれた。

 だから、彼女に迷惑がかからないように、瑠璃は細心の注意を払わなければならない。

 ただ……最初は男物の服なんて身に付けたこともなくて、脚を出す装いなんて初めてだったから、かなりの抵抗があった。

 恥ずかしかったし。

 でも、神殿から少し村に近付くと、見知らぬ光景が広がっていて、すぐに忘れてしまった。

 物珍しくてきょろきょろと歩いている。

 忙しく行き交う大人たち。

 楽しそうに遊んで回る子供たち。

 子供らしい遊びなんてしたこともない瑠璃は、ちょっと羨ましかった。

 刈り入れに向かって動き出しているのか、今年も豊作のようだ。

 これなら食糧の心配はせずに済むだろう。

 きょろきょろと見て歩いて、どのくらい経っただろう?

 厩舎の近くで眼が止まった。

 倒れているのか、眠っているのかは不明だが、男の子が倒れている。

 藁の山に埋もれるようにして。

 外で眠るという常識のない瑠璃は慌ててしまった。

 倒れているのなら薬師を呼ばないといけない。

 おずおずと近付いても青年は起きる気配がなかった。

 やはり倒れているのだろうか?

 これって行き倒れ?

 乏しい知識が脳裏に浮かぶ。

「あの……大丈夫? 倒れてるの?」

 恐る恐る声を投げれば、ようやく青年が目を開けた。

 やっと気付いたと言いたげに。

 ちょっと驚いた顔をされて、どうして驚くのだろうと身を引いてしまった。

 真弥は気配も感じさせなかったことで驚いたのだが、当然のこととして常識に疎い瑠璃はわからなかった。

「あれ? もしかして変な心配をさせたかな? 眠ってただけだから、別に心配はいらないよ。驚かせてごめん」

「眠ってたってもう秋なのに」

「別に風邪をひくほど寒くもないよ。頭を冷やすには丁度いい。それより見掛けない子供だな。余所者か?」

「ううん。あんまり家から外に出たことがないだけ……だよ」

 語尾が女言葉になりそうになって、慌てて付け足した。

 気付かないほど鈍いのか、真弥はにっこり笑って起き出した。

 おどおどとしている瑠璃の顔を覗き込んで。

「ぼくは真弥。きみは?」

 名前なんて用意していなかったので、訊かれたときについ本名を名乗ってしまった。

「瑠璃よ……じゃない、だよ」

 怪しい言葉遣いなのだが、真弥は気にしないタチなのか、可笑しそうに笑っただけだった。

「なんだ。顔も女の子みたいだと思ってたけど、名前もそうなんだ? 別にどっちもきみのせいじゃないけど」

 巫女の名は知られていないらしいと由希から聞いていたが、どうやら本当らしい。

 本名を名乗ってしまって、一瞬悟られるかと怯えたけれど、真弥はなにも気づかなかった。

 不思議な黒い瞳。

 子供のように純粋で、大人びた叡知があって。

 不思議な人。

「剣を持っているの……剣士?」

 女言葉になりそうになると、慌てて語尾をかえる瑠璃に、真弥も一瞬、怪訝そうな顔をする。

 だが、すぐに破顔した。

 あまり詮索しない人柄なのかもしれない。

「部隊の足を引っ張ってるしがない落ちこぼれ剣士さ」

「落ちこぼれ?」

 剣士がどういう職業で、戦がどういうものか、この頃の瑠璃はなにも知らなかった。

 なにひとつ知らされず、大人たちの都合のいいように託宣させられてきたのである。

 ただ剣がどんな物かは知っていて、それで出た問いに過ぎなかった。

 だから、この問いに対する真弥の返答は、瑠璃にはかなり意外なものだった。

「人を殺せないんだよ。剣士とか武闘家とか、戦うために生きている者は、人を殺すのが仕事だからね。人を殺せない剣士なんて、落ちこぼれと言われても無理はないんだ」

 知らなかったことを知らされ、瑠璃は青ざめた。

 今まで数度とはいえ、戦の託宣を求められ、瑠璃はその許可を出している。

 そのときの村長の言い分では、自分たちの身を護るためだけで、だれも傷つけないとのことだった。

 ただ護るだけだと。

 だから、許可したのに……その剣士の仕事が人を殺すこと?

「なにを青ざめてるんだ?」

 問われても瑠璃にはなにも言えず、かぶりを振るしかなかった。

 人を殺すことが戦いを生業とする者の仕事だという。

 だが、彼は人を殺せないと言った。

 それはどういう意味だろう?

「人を殺せないとどうなるの?」

「そうだね。時と場合によるけど、まあケガをして帰ってくるか、運が悪ければ自分が死ぬか、どちらかだと思う。今のところ、ぼくは無事だけど」

 すこしホッとした。

 現実的には受け止められなくても、人を殺すことが罪だということは、巫女である瑠璃にはわかるので。

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