短編集

□第三章 メイディアの王子
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「食べなかったら身体がもたないぞ」

「いらないって言ったでしょ。下げてよ、それ」

 意地の張り合いである。

 グレンもムッとしたらしいが、ラーダとこれ以上やり合う気もなかったのか、この場は退いていた。

「用意させておくから腹が減ったら食べるんだ。いいな?」

「いらないって言ったらいらないっ」

 叩き付けるとグレンはそれ以上なにも言わなかった。

 その日は夜になるまでグレンがいたので逃げ出すことはできなかった。

 お互いに顔を見たらムッとするというのか、ラーダもグレンを見なかったし、グレンもラーダを見なかった。

 グレンのラーダに対する態度の大半は、どうやらショウへのヤキモチらしい。

 ヤキモチを焼くことだけは一人前で、やっていることは半人前。

 嘆かわしいかぎりだ。

 その日魔族が現れたのは真夜中を過ぎてからだった。

「魔族が出たのか。わかった」

 一言だけ答えてグレンは立ち上がると、昨夜手にしたビンをもう一度手にした。

 一気に煽る。

 青くなったが逃げ出せなかった。

 口移しで飲まされるとやっぱり昨日と同じ薬だった。

(この薬、多用されると普通なら生命にまで関わるような危険な薬だよ。わかってるの、この王子はっ!!)

 怒鳴り付けたかったが飲まされたのは速効性の睡眠薬である。

 ラーダはなにも言わないまま、その場に崩れ落ちた。

 それをグレンが受け止め、そっと寝台に横たえた。

「おれが出掛けているあいだ眠っていてくれ。すまない。手荒なことばかりして」

(そう思うならするなっ)

 心の中で毒づいたが、王子には伝わらなかっただろう。

 全く頭の痛い。

「出掛ける。支度を」

「はい」

 そうして屋敷にラーダひとり残して、みんなが出ていくまで時間はかからなかった。

 ひとりもいなくなってから、ひとり残されていたラーダがムクリと起き出した。

「全く。世話の焼ける王子だなあ。薬に頼って束縛するなんて最低だよ。その辺のことわかってるんだがわかってないんだか」

 急がなければならない。

 魔族が現れているのだという。

 妖魔の騎士の出番だろう。

 それともあの王子に対する当て付けで、今夜は見捨ててやろうか。

 心を掠めた誘惑にちょっとグラッときたが、やれやれとかぶりを振った。

「できないよね。それで迷惑を被るのはショウなんだから」

 髪を振り色を変化させる。

 緑と赤の斑の瞳が真紅に染まる。

 闇より深いその髪の色。

 ラーダの姿は闇に溶けた。




 次に現れたのはショウの屋敷だった。

 黒衣はこちらにしか置いていないのだ。

 夜の姿になってもこちらに戻ってこないことには出られない。

 ついでに心配だったのでショウの様子を覗き見た。

 ショウは自分の部屋にいたが眠ってはいなかった。

 両手を合わせて祈るような仕種をしている。

(ショウ……)

 心で名を呼ぶとショウがそれに答えるように呟いた。

「ラーダ。無事だよな? 一体どこにいるんだよ、おまえは。無事でいてくれ、ラーダ!!」

 祈るショウにラーダはなにも言えず踵を返した。

 3階まで戻ってからため息をつく。

「俺の身を気遣ってくれているのか、ショウは。妖魔の俺の身を」

 呟きは苦かった。

 心配してくれるショウの気持ちが嬉しい。

 それと同時に自分が心配される資格のない妖魔であることが悲しかった。




「妖魔の騎士はまだかっ!?」

 ひとり、またひとりと魔族を斬り捨てながら、全身に汗を掻いてグレンが叫ぶ。

 今日は妖魔の騎士の出現が遅かった。

 いつもならとっきにきているのに、今日はまだ姿を見せていない。

 おかげで人間たちの被害が多い。

 このままでは全滅も考えられた。

 魔族の力に押され剣で弾き返したときに、待ち望んでいた声が聞こえた。

「俺にも都合というものがあるんだ。

そうそう都合よく現れるものか」

「そういう科白は素顔を明らかにしてから言うんだなっ。今のおまえの都合などおれたちにはわからないっ」

「勝手な奴だ」

 言いながらも華麗な手際で魔族を倒しているのか、断末魔の悲鳴が続けざまに上がっている。

 なんだかその様子がいつもと違うような気がした。

 いつもなら一撃必殺というか、こちらには軌跡すら見せないような戦い方なのに、今日は違ったのだ。

 まるで鬱憤晴らしでもしているかのように、残酷な手段で魔族を殺している。

 一撃で殺さないのがその証に思えた。

 グレンが怪訝に思っていると、大方の魔族の処理を終えたのか、妖魔の騎士がつまらなさそうに呟いた。

「なんだ。もう終わりか。呆気ないな。つまらん」

「つまらんって言われても」

「もっと手応えのある奴はいないのか?」

「機嫌でも悪いのか、妖魔の騎士」

 グレンにそう訊かれて、ラーダはよっぽど言い返してやろうかと思った。
 だれのせいだと。

 だが、素性を明かすようなことを言えるはずもなく、結局、適当にごまかした。

「今日の俺は虫の居所が悪いんだ。なんなら相手になるが?」

「おまえとやり合ってどうするんだ、おれたちが」

 呆れたような声に「つまらん」ともう一度吐き捨てた。

 だれでもいいから八つ当たりの相手になってほしい心境だ。

「夜が明けるな。俺は消える。後はそっちで適当にやってくれ」

 言い残してラーダの姿は消えた。

 ショウの屋敷に転移したのである。

 そこで着替えてグレンたちが戻るまでに、グレンの屋敷に戻る必要があった。

 これでラーダもなかなか忙しいのである。

 この環境はなんとかしないと命取りになりかねなかった。

 このままではいつか素性がバレるかもしれないから。

 どうにかしなければと気ばかりが焦っていた。






 ラーダがいなくなってから1週間が過ぎた。

 普通なら諦める頃である。

 元々ラーダは旅人だ。

 旅の途中に寄ったのだから、また旅に出ても不思議はない。

 1週間も音沙汰がないとなったら、気紛れに旅に出たのではないかと思っても不思議はなかった。

 だが、ショウはそうは思えなかった。

 ラーダはたしかに旅人だったし、気紛れなところもあった。

 でも、ショウにもなにも言わず、あんな形で姿を消すなんてあり得ない。

 そう思っていた。

 ラーダのことで知っているのは、ラーダがラーダ・サイラージュ妃の親戚だということだけ。

 ここまで考えたときハッとなった。
「ラーダ・サイラージュ妃? そうだよ。ラーダが巻き込まれる事件があるとしたら、メイディア絡みしかあり得ない。どうして気付かなかったんだ?」

 メイディア側でも聖妃の素性は、どうしても知りたいことのはずである。

 その唯一の手掛かりがラーダ本人だ。

 メイディア側がラーダに手を出しても不思議はなかった。

 今メイディアの関係者は王宮に招待されている。

 正確には長期滞在なので、たぶん屋敷かなにかを与えられているのだろうと思うが。

 それはグレンも言っていた。

 ラーダと初めて逢ったときに屋敷に連れていけないと。

 もし彼がラーダを連れていったのなら、ラーダはメイディアの関係者の住む屋敷にいるのかもしれない。

 だが、近付くのは危険だった。

 王宮の付近にあるのだろうし、メイディアの関係者を招いた屋敷なら、王宮の方でも気にしているだろう。

 定期的に様子を見に行っているかもしれないし、そこへショウがノコノコやっていくのは、どう考えても自殺行為だ。

 自分から殺してくれと訴えるようなものである。

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