短編集

□序章
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 螺旋界。




 そこは世界の成り立ちとしては異端である。

 普通はひとつの世界で成り立っているのだが、螺旋界は光の神々の集う天界。

 人間たちが居を構える地上。

 魔族たちの住む闇世の3つの次元で成り立っていた。

 それを知覚できるのは、天界あるいは闇世に住む神や魔族に限られるが。

 人間たちは知覚はできないが、魔族たちが現れるのは、闇世と呼ばれる異次元であることは知っていた。

 古い言い伝えで闇世のことも天界のことも、地上に伝わっていたからである。

 西方に位置する古王国レジェンヌ。

 公用語の基本として知られる国で、歴史は古く国王に寄せられる敬愛は、かなりすごいものがあった。

 アラベスクの目立つ建築物。

 白亜の、それは王宮。

 双頭のラジャ。

 鷲に似た空想上の動物なのだが、双頭のラジャの紋章を背景に、ひとりの男性と全身黒づくめの少年が相対していた。

 男性はどこからみても、この国の王だということが、証明されるほど威厳があった。

 対する少年の瞳は赤く輝いている。

 その姿をみたのが語り部たちなら、きっと青くなって取り乱し叫んだだろう。

「妖魔の騎士だっ!!」……と。

 血と殺戮を好み、語り部たちも恐怖に戦きながら、語り伝えると言われた闇世の皇子。

 それこそが妖魔の騎士である。

 彼はたしかに血と殺戮を好む妖魔の王だが、気まぐれな一面もあって、自分で起こした血の宴を、突然取り止めることもままあった。

 人間と相対していながらも殺さないこともあるのだ。

 ただそれよりも血の宴の悲惨さの方が目立っていて、そういう気まぐれな一面というのは、ほとんど語り継がれていないが。

 窓辺に腰かけた妖魔の騎士は、人の悪い笑みを口許に浮かべている。

 月明かりが逆光となっていて、彼の顔立ちははっきりとはみえない。

 しかしそれもいつものことだという。

 彼はまるで月を味方につけているかのように、月光の下でその素顔をさらすことは、まずないと言われているのだ。

 ふたりはまっすぐにお互いをみていたが、やがて男性が疲れたように口を開いた。

「どうすればこの国は魔族たちから解放される? 他国と比べてこの国は魔族に狙われる回数が多すぎる」

「そんなこと俺の知ったことか。俺に魔族たちを退治しろと言いたいのならお門違いだな。俺がこの国で暴れないからといって、そんなことを言われるのは業腹だ」

「そなたなら方法を知っているのではないかと思ったのだ、妖魔の騎士。こうして出逢っても我々に手を出さなかったのは何故だ? 理由があるのだろう?」

「理由?」

 嘲笑うような声をあげてから、妖魔の騎士はゆっくりと語った。

「強いて言うなら居心地がよかったんだ。ラスターシャ王家は普通の人間よりも魔力が強い。人と魔の狭間に立っている一族だ。だから、この国は居心地がいい」

「それは他の魔族たちにとってもそうだということか?」

「そうかもしれないし違うかもしれない。それを判断するのは俺ではないだろう」

 冷たく吐き捨てて妖魔の騎士の姿は夜の闇の中に消えた。

「人と魔の狭間に立つ者。魔門、か」

 この国では古くより人と魔の狭間に立つ者を魔門と呼んできた。

 その名の通り人と魔の架け橋となる者だが、同時に魔に魅入られやすく、魔を招きやすいという宿命も持っていた。

 ラスターシャ王家は以前から、周囲の者より魔を招きやすかった。

 妖魔の騎士はその最たる例だろう。

 彼は現れたときから、この国では宴は起こさないと誓っていた。

 彼は誓いを重んじる。

 一度口に出したことは、どんなときも守るのである。

 つまり妖魔の騎士に対しては、この国は絶対的に安全だという意味なのだ。

 その証拠に彼はふらりとこの国に現れる習慣があったが、一度も事件は起こしていなかった。

 さきほどの証言を信じるなら、それは魔門であるラスターシャ王家の存在のおかげで、この国の居心地がよかったせい、ということになる。

 しかし妖魔の騎士にとっては居心地がよかったから、事件を起こす気もなくなるという現象を引き起こすとしても、他の魔族までそうだとは限らない。

「我らが魔門。我らがこの国に災厄を招いている」

 魔門はあるべきところにいてこそ、その力を発揮できる。

 ラスターシャ王家にとっては、それは王位を意味する。

「運命はそうと知らぬままに現実を招き寄せるのか」

 国を守るために彼らにできることはひとつしかなかった。

 そうしてこのときより、レジェンヌは敬愛するべき王を失ったのである。

 ラスターシャ王家は一族揃って国と王位を捨ててしまったのだった。





 そしてここより始まる。

 新たなる物語が。



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