紅の神子

□第六章 紅の神子
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 第六章 紅の神子



 マーリーンが現れてから、彼とエドの間では火花が散っているように見えた。

 透とアスベルは戸惑ったように視線を見交わす。

「まずひとつ訊きたいのは、どういうつもりでああいう予言をなさったのか、ということです。神子が同性だった知っていてああいう言い方をするというのは、あまりに無責任ではありませんか?」

「無責任って言うけどね。きみが死ぬとわかっていて、わかっていることも教えない方が、神々の傲慢ってものじゃない?」

 言い返せないエドはためらいに瞳を揺らす。

「確かに神子が男だってことはわかってたよ? あの予言がきみにとっては、男と真剣に愛し合えって言ったも同じだってことも理解してた。
 でも、フィオリナ様が言ったんだよ。トール様に大きく運命を左右されている人間の王子がいる。このままでは長く生きられないから、せめてそのことだけは知っておくべきだって」

「ではあの予言はフィオリナ様が?」

 驚いたエドの声にマーリーンは小さく頷いた。

「フィオリナ様にはある程度なら、ご自身の子供である神子の未来が視える。だから、気付いたんだよ。きみの運命や未来が神子に大きく左右されていることにね」

 戦女神が予言の主だったと知って、エドは大きくため息をつく。

 それは確かに自分の子供に命運を握られているエドに対する最大限の思いやりだと思うから。

「それに神子の性別なら、そんな気にすることないんじゃないかな」

「おい。俺は男だぞ? それを気にするなってっ!!」

「いや。あのね? 男だってことを否定してるわけじゃないよ? ただ神子ほどの神力を持っていたら、性別の転換なんてそんなに難しいことじゃないって言いたいわけで」

「できたとしてもそんな真似だれがするかっ!!」

 透は目一杯拒絶している。

 エドは複雑な気分だった。

 できるならしてくれた方が助かるのに……と。

「でもねえ。神子はいいよ? 戦女神の御曹司とはいえ、特別に結婚を意識しないといけないわけじゃない。男でも女でも神子の立場的にはそんなに問題はないんだよ」

「俺は男だっ!!」

「だからあ。そう頭から否定しないで聞いてよ。ぼくが言いたいのはログレスの第一王子の問題なんだってば」

 透の視線がエドに向かう。

 見られてもまだ現実を受け止められないエドにはなにも言えないけれども。

「第一王子というからには世継ぎだよね?」

「まあな」

「国王になったら当然、必要とされるのが世継ぎだよね?」

 言いたいことがみえてきて、透は苦い顔で沈黙する。

「わかったみたいだけど、神子は別に性別はどちらでもいいんだよ。
 戦女神の子であるという部分が重要なのであって、そこに性別は関わってこない。
 神子が神子であるという現実の前に性別なんて意味を持たないんだよ。でも、彼は違う」

 苦い顔で沈黙を続ける透をエドがじっと見ている。

 他人事ではないアスベルも、ふたりを見比べていた。

「彼には結婚と世継ぎの生誕は欠かせない。国の存亡に関わってくるからね」

「でもさ、神子が男の場合、結婚できないほど愛せないなら、そもそも意味がない。そういう意味のことをおまえは言ってたんじゃないのか?」

「そうだよ。神子が男の場合は結婚できないほど、神子以外ではダメなほど、そのために王位も捨て世継ぎも殺すほど愛し愛されないと彼の運命は変わらない。だからといってそうしろとは言ってないよ」

「矛盾……しすぎてるだろっ!!」

 透は混乱しているのか、両手で髪を滅茶苦茶に乱している。

 マーリーンはため息をついた。

「もしかして……神子、頭悪い?」

 ズバリと言われて透は憤死する。

 イジイジといじける透に周囲からは笑みが浮かんでいる。

「まあフィオリナ様もそんなに頭脳明晰ってわけじゃないけど……ね」

「そうなのか? 女神なのに?」

「神だからって全知全能とは限らないよ。そもそもフィオリナ様は戦女神だよ? 正常に殺し合ったら傷付く繊細な心があったり、深く物事を考えすぎていたら、そもそも戦女神なんてやってられないよ」

「そういうものか?」

 透は不思議そうだが見守っているふたりには、なんとなく理解できる気がした。

 戦闘を得意とする者に繊細な精神や、物事を深く考えるような思慮深さを持っている者はそんなにいない。

 戦略を見抜いたりたてたり、そういうことを得意とする軍師はまた違ってくるが、フィオリナのような戦士なら大抵がそうだ。

 そうでなければ殺し合う現実に負けてしまう。

 透が前向きで明るい正確なのも、戦女神に似たのだろう。

「つまりね、神子が男である以上そこまで愛せないなら、男だってことで一歩引いてしまうようなら、そもそも運命が変わることはない。
 だから、結婚を意識できないほど王位を世継ぎを捨てても神子を選ぶ。そこまで愛せないなら意味がない。
 でも、愛し合った後までそれを維持しろとは、だれも言ってないよ」

「おまえさ、マーリーン。今サラリとひどいこと言わなかったか? 性別を転換しろと言われる俺の立場はっ!? 俺の意志はっ!?」

 つまりマーリーンの主張はこうである。

 ふたりが愛し合うまでは透は男である必要がある。

 性別を転換することで愛し合えるようなそんな愛し方では、彼の運命が変わることはないからだ。

 だが、深く愛し合ってしまえば、そのあとに透が性別を転換させ、国王としてのエドワードを助けること。

 それ自体を否定はしない、と。

 つまり真実、エドワードを愛したなら、透に性別を転換することを勧めているわけである。

 いや。

 この場合、そうしてもいいと許可を与えているというべきか。

 予言はそこまで縛らない、と。

「だいたいっ!! 母さんはどう言ってるんだよっ!? 普通の親なら息子の性転換とか反対するはずだろっ!?」

「あー」

 マーリーンはなんだか言いにくそうだ。

 透はジットリ睨む。

 エドもアスベルも彼が紡ぐ答えを待っている。

「フィオリナ様……そういうところ大雑把だからねー」

「……大雑把って」

「自主性を重んじるっていうの? 神子が本心からそれを望むなら、別に反対はしないと思うよ? つまり肝心なのはあくまでも神子の意思ってこと。
 ログレスの第一王子を愛するのも愛さないのも、愛した後で彼の事情を優先させて性転換するのも、イヤだから男のままでいるのも、選ぶ権利は神子にあるんだよ」

「そんなこと……言われたって。俺にどうしろっていうんだよ?」

 透は途方に暮れてしまった。

 考えるのを放棄してしまう。

 このままでは彼の頭脳はパンクしてしまうからだ。

「とりあえずマーリーン。エドの問題は当人次第ということか?」

「そういうことになるねえ、イーグルの王子」

「頼むからそろそろ名前を憶えろ。頭が悪いのはおまえの方じゃないのか?」

「名前くらい憶えてるよ。えっとぉ……ベルベルだっけ?」

「だれがベルベルだっ!? アスベルだっ!! 変な憶え方するんじゃないっ!!」

 アスベルが吠える。

 実はマーリーンは永く生きているので人の名前を憶えるのが苦手だった。

 どうせ憶えたってみんなマーリーンを置いて死んでしまう。

 いつかいなくなってしまう人なら、憶えなくてもいい。

 それがマーリーンの思考の中心にある。

 だから、あまり変わらない国名は憶えても、個人名はなかなか頭に入らない。

 さっきからエドのことをログレスの第一王子と呼んでいたのも同じ理由である。

「もしかしてわたしの名前も憶えていませんでしたか? 名前を呼ばれたのは予言を与えられたときだけだと記憶していますが」

「ごめんねー。寿命の短い人間なんてどうせ名前を憶えても、すぐに死んでしまうから憶えないようにしてるんだ、ぼく」

「「「マーリーン(様)……」」」

「でも、これからは神子がいるからね。神子の名前は忘れないよ、トール様」

 笑顔で言われて透はなにも言い返せなかった。

 そこにマーリーンの孤独をみて。

 この姿で遙かなる昔から生きている。

 周囲が変わっていく中で、自分ひとりが置いて逝かれて。

 それはどれほどの孤独だっただろう?

 彼が待っていたのはただひとり透だけ。

 どうして邪険にできるだろう?

 透だけを待ち続けて永い時を流離ってきた少年に。

「とりあえずマーリーン」

「なに?」

「おまえさ、これからは俺の傍にいるんだろ?」

「うん。ぼくは神子の従者だからね」

「だったら神子って呼ぶな」

「じゃあトール様?」

「それもダメ」

「えー」

 ぶうぶうと文句を言うマーリーンに、従者のわりに態度がデカイな、なんて透は思う。

「でも、ぼくは従者だから、それ以外の呼び方なんて」

「本名での呼び捨てがまずかったら、透って言えるか?」

「言えないー。そっちの名前、発音が難しいんだよ。神子は向こうで普通に育ったから発音できるんだ」

「じゃあ本名での呼び捨てに決定な」

「そんなあー。できないよー。フィオリナ様に叱られるー」

「母さんってそんなに怖いのか?」

 思わず首を傾げる。

「戦女神だからねえ。怒らせるとものすごく怖いよ?」

 恐れる戦女神なんてあんまり想像したくないなと思わず3人は顔を見合わせた後で、同時に顔を背けた。

「それとマーリーンじゃあ賢者として有名すぎて、俺の素性を隠せないから、おまえ、今からマリン、な」

「「「「は?」」」

 3人が顔も声も揃える。

「素性を隠せないって」

「神子だということを伏せるつもりなのかい、トール?」

「それって無理がある気が」

「でも、俺は争いの火種にはなりたくない」

「「「トール(様)」」」

「神子がこの国にいることがハッキリしたら、この国が戦火に巻き込まれる可能性が高い。
 それは避けたいんだ。せめて俺が力を使えるようになるまで、自分の意思を貫けるようになるまでは伏せていたい」

 透の言い分はアスベルには嬉しかったし、エドにも理解できることだった。

 それを1番恐れていたのだと、エドは知っていたのだし。

 でも、現実の難しさに3人は同時にため息をつくのだった。





 透がアスベルの宮から出て、マーリーンを含む四人で歩いていると、兄を捜していたらしい暁が隆と一緒に寄ってきた。

「兄さんっ!!」

「透っ!! どこに行ってたんだっ!? 捜したんだぞっ!?」

 ふたりが近づいてくるのを待って声をかけようとしたら、透に抱きつこうとした暁をマーリーンこと、今日からはマリンがバッと遮った。

「ちょっとっ!! なにするのっ!?」

 暁が顔を赤くして怒っている。

 透らあーあと言いたい気分だった。

「きみは前々から思ってたけど、ちょっとトール様に近づきすぎっ!! トール様にはぼくがいるんだから、近づいたらダメだよっ!!」

「ちょっと兄さんっ!! どういうことっ!? この子だれっ!?」

 なんだか似た者同士だなあと透は思っている。

 さりげなく周囲で控えているふたりを振り向いてみる。

「ふたりの方がマリンとは親しいんだろ? なんとか言ってくれよ」

「いや。おれは親しいというわけでは……どちらかといえば犬猿の仲?」

「ぼくも苦手だね。そもそもトールが説得して、もし言うことを受け入れないなら、ぼくらの出番はないよ。決定権はきみにある」

 頼ってみたがあっさりと門前払いを食らってしまった。

 仕方がないので自分でマリンを説得してみる。

「マリン。そこまで怒るなよ。暁は俺の弟なんだし」

「そんなの義理の関係でっ」

 振り向いて言い募るマリンに暁の方は蒼白になった。

「兄さん……この子にボクらの関係言ってるの?」

「ん? っていうか……えっと。そうっ!! マリンはこう見えても長生きしてる魔術師なんだよっ!!」

「「魔術師……?」」

 暁と隆の声がハモる。

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