紅の神子

□第二章 イーグル城
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 第二章 イーグル城




「うわあ」

「兄さん。あれ見て、あれっ!!」

 首都に入るとふたりは興奮気味の声を出していた。

 さっきからずっとこの調子である。

 さすがにアスベルも呆れる。

 できればあまり目立ちたくないのだが、透も暁も美形だし、連れのアスベルは全身をマントで覆った不審者みたいな感じ。

 これで目立つなというのは無理というものだ。

「ああっ!?」

 すっとんきょうな聞き慣れた声がして、顔をあげれば目の前に見慣れた顔が立っていた。

「アイン」

「なになさってたんですかっ!? 捜してたんですよっ!?」

 突然現れて敬語でアスベルに話しかける青年に、ふたりは驚いた顔になる。

 アスベルってもしかして偉い人? と、その顔に書いている。

「マーリーンがおれに逢いにきてな」

「マーリーンさまが?」

「それでちょっと確かめたいことがあって首都の外れまで」

「やめてくださいっ!! わたしの首が飛びます!! これでも護衛なんですよっ!? どこかに行かれるなら、せめて一言くらいっ」

「アイン。目立つ」

 一言注意されてアインと呼ばれた青年が黙り込む。

 ここでは剣が標準装備なのだろうかと、ふたりはなんとなく思っている。

 アスベルもあのアインと呼ばれた青年も、どちらも腰に剣を提げていたからだ。

 もちろんアスベルの持っている剣の方が、装飾が豪華で如何にもお金がかかっていそうだが。

「それで後ろにいるおふたりは?」

「わけありで連れて帰ろうと思うんだ」

「それは……」

 言葉に詰まっているアインの耳をアスベルが引っ張る。

 コソコソとその耳に話しかけた。

「えっ!? あの方がくれな……」

「バカッ!! 声がデカイ!! 内緒話にした意味がないだろうがっ!!」

 慌てて両手で口を塞がれて、アインは「しゅみましぇん」と聞き取りづらい謝罪をした。

「ですがどちらも瞳は漆黒ですが?」

 口から手を放してもらえたアインがそう言う。

「大きいほうはトールというんだが、おれが初めて瞳をみたときは色がちがった」

「では」

「だが、あとで確認するとなぜかこの色だったんだ」

「見間違いだったのでは? 何千年も現れなかったのに、急に出てくるなんて変ですよ」

「だが、マーリーンに言われた場所に行って見つけたんだぞ? それに瞳の色が違うとき、野生の狼たちを一瞬で従えた」

 ギョッとしたようにアインが振り返る。

 自分でもなぜできたのかわからないし、そもそも自分が「紅の神子」だなんて認めていない透は、なにも言えずにこめかみを掻く。

 さすがに自分の話題で話し込まれているのはわかるので。

「こういうときこそ、マーリーンが出てくればいいのに。あいつは必要なときに出てこない」

「あのさ、アスベル」

「なんだ?」

 呼び捨てにされて普通に答えるアスベルに、アインはちょっと驚いた。

 まあ本物の「紅の神子」なら当然かもしれないか。

「さっきから話に出てるその『マーリーン』ってだれ?」

「古代から生きていると言われている『紅の神子』に仕えるとされている賢者だ。といっても外見はせいぜいそこにいるおまえの弟と同じくらいだが」

 弟を振り向いて繁々と眺めて、透は疑惑でいっぱいの声を投げた。

「ホントに古代から生きてるの? どのくらい昔から生きてるのか知らないけど、それが事実ならジイサンのはずじゃないか。なんで暁と同じ歳くらいの外見なんだよ」

「ジイサンか、それはいいっ!! 是非本人に逢ったら言ってやってくれっ!!」

 バカウケして大笑いするアスベルに、透はなんだか知らないがおかしなことを言ったらしいと自覚した。

「それにしても……」

 アスベルが大笑いするのをみていると、アインと呼ばれた青年がしみじみと話し出した。

「驚くほど似ておられますね」

「は?」

「アスベルさまの亡くなられたお母上に、です」

「え」

 透がアスベルを振り向くと、彼はムッとしたようにアインの頭を叩いた。

「痛いですよっ!!」

「そのことは本人には関係ないだろう。どうして言うんだ、アイン?」

「ですが、これだけ似ていたら、すぐに噂になりますよ。元々あの方は紅の女神、フィオリナさまの化身とまで言われていた方ですし」

 話はあまり見えないが、どうやら透が彼の亡くなった母親に、似ているらしいということだけは理解した。

 なにも言えなくて口を噤む。

 生まれながらに血の繋がった肉親をもたない透には、どうしても自分からは振ることのできない話題なので。

 そんな兄に気づいたのか、暁が割り込んだ。

「そんなに似てるの、兄さんは? 問題視されるほど?」

「まあ素性を伏せていても、多少は騒がれるかもしれないな。母上の身内だと誤解される可能性も少なくない」

 ため息まじりにアスベルが口にする。

 そこにはなにか言うのにためらわれるような事情を感じ、暁もこれ以上は突っ込めなかった。

「では戻りましょうか。今頃、心配されていらっしゃると思いますよ」

「ルーイはどうしてる?」

「兄君さまのお姿が見えないと、泣いていらっしゃいましたね。すぐにお付きの者に連れ戻されていましたが」

「全く。弟にも自由に逢えないなんてっ」

 ふたりの会話を聞いていて、透と暁は何気なく思う。

 彼にも弟がいるのか、と。

 その弟とどうやら自由に逢えないらしい。

 どういう境遇か知らないが、彼も大変そうだ。

「では戻るぞ」

 それだけを言い置いてアスベルは、透たちがついてくるかどうかも確認せずに歩き出した。

 自分勝手ともとれる行動に、透たちが唖然として見送っている。

 そんなふたりに気づいて、アインが声を投げた。

「気にしないでくださいね? 悪気があるわけではないんです。ちょっと素直じゃなくて不器用なだけというか」

「聞こえてるぞ、アイン!!」

 ゲインと派手な拳骨が、アインの頭で炸裂した。

 アインが引きずられていく。

 賑やかなやり取りにちょっと心が慰められて、ふたりは笑い合うとその後を追いかけた。




「ちょっと確認したいんだけど」

 目の前にそびえ建つ代物を見て、透が震える声を出す。

「なんだ?」

 アスベルは立ち止まって振り向いた。

「目指してるの、あそこじゃないよな?」

「ここから先にあれ以外の建物があるとでも?」

「だってあれ、どう見ても城じゃないかっ!!」

 そのとおり。

 目の前にそびえ建つのは、どこからどう見ても城だった。

 通称、白の巨城と呼ばれるイーグル城である。

 イーグルは小国だが歴史は古いので、周囲に影響力を持つ由緒正しい国である。

 そのため、城も国の規模に反して大きかった。

 透も暁もポカーンとその光景を見上げている。

「おまえたち、どんな環境で育ってきたんだ?」

「少なくとも」

「こんなに大きかったら、家とは呼ばない、かも」

 ふたりも病院経営をしている親を持っていたので実家は大きい。

 だが、それはあくまでも個人の邸宅として、だ。

 城と比較して勝てるわけない。

「俺たちも大きい家に住んでると思ってたけど」

「上には上がいるんだね、兄さん」

 ふたりはしみじみしている。

 なんだか失礼なことを言われているみたいだとアスベルは思う。

「でもさ。この城を家って言うってことは、もしかしてアスベルって……」

「アスベルさまはイーグル王国の王位継承者。第一王子でいらっしゃいます」

 アインに言われてふたりが絶句した。

「どうして人前で呼び捨てにしたらいけないのかわかった」

「うん。ボクも。それにどうしてお父さんのことを、そう呼ぶなって言ったのかもわかったよ。アスベル……さまのお父さんってことは国王……えっと陛下? なんだろうし」

 言い慣れない言葉遣いなので暁は戸惑っている。

「父上のことは陛下と呼んでほしいが、おれのことはもう呼び捨てでいい」

 なんだかげっそりした顔で言われ、ふたりがきょとんとした顔になる。

「なんか今まで呼び捨てだったせいか、今様付けされたとき、気持ち悪かった」

「あのなあ」

「あのね」

 ふたりはちょっと不満そうな顔をしてみせたが、呼び捨てでもいいと言ってもらえたのは嬉しかった。

 やっぱり様付けなんて慣れないし、それに距離があるみたいで寂しいから。

 アスベルはたしかに不器用らしく、態度は素っ気ないこともあるが、根はいい奴だとだんだんとわかってきたし。

「でもさ、じゃあ街でそうやって姿を隠してたのってお忍びだったから?」

 透がそう問いかけるとアスベルが「いや」と言いにくそうに否定した。

 なんだろう?

 態度が変だ。

 そう思っているとアスベルがフードを下ろした。

 現れたのは意外な瞳だった。

 右眼が緑。

 左眼が青。

 オッドアイである。

「スゴい、キレー」

 暁がうっとりと口にする。

「キレイ? この眼が?」

 邪眼と忌み嫌われ、自国だというのに素顔をさらせないアスベルは、不思議そうな顔になる。

「眼もたしかにキレイだけど、全体がキレイだよ」

 透も無邪気に褒める。

 母と同じ顔で褒められるとアスベルも照れる。

「アスベルって美形だったんだなあ。それに俺より年上だとは思わなかった。背は高かったけど、同い年くらいかと思ってた」

 アスベルの外見は18くらいに見える。

 背が高いはずだ。

「おれはそんなに子供っぽいか?」

 アスベルが睨む。

 だが、照れ隠しだとふたりにもすぐにわかった。

「いや。俺たち相手に対等に喋ってる辺りで、普通、年上だとは思わないだろ。年上らしい余裕が全く感じられない」

「失礼なっ!!」

「だからあ。そういうところが年上に見えないんだってば。兄さんとドッコイだよ?」

「ウウッ」

 アスベルが言葉に詰まっている。

 その様子を眺めていたアインは、ふたりの様子に感心していた。

 あのなんでも斜めに受け止めてしまうアスベルを普通に扱っている。

 すごいことだ。

 それに邪眼と忌み嫌われている瞳を褒められて、どんなに嬉しいことだろう。

 王子のためにこのふたりは必要だ。

 改めてそう感じた。




 城の中に入るとき、覚悟はしていたが透はかなり注目された。

 たぶん亡くなったアスベルの母親に似ているせいだろう。

 アスベルに案内されて彼個人の宮だという第一王子の宮に通される途中で、可愛らしい声が聞こえてきた。

「兄上っ。どこに行ってたのっ!? 今日は遊んでくれるって言ってたじゃないっ!!」

 全員で振り向けばそこには8歳くらいのアスベルによく似た子供がいた。

 どこからどう見ても男だ。

 おそらく話に出ていたアスベルの弟王子、ルーイだったか? 彼だろう。

「おまえまた侍従たちの目を盗んできたのか? 宮に戻ったら叱られるぞ、ルーイ」

 弟王子の前に屈み込んでアスベルが柔らかい眼差しを注ぐ。

 その手が髪を撫でてルーイは得意気な顔になった。

 どうやら暁と同じブラコンらしい。

 それで自由に逢えない関係というのは、なんとも気の毒だが。

 それにしても年齢差のある兄弟だ。

 推測通りなら10歳は違うだろうか?

 まあアスベルにしてもルーイは可愛くて仕方がないのだろう。

 またルーイも大きな兄を慕っているのだ、きっと。

 暁みたいに。

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