短編集

□第二章 ふたりのラーダ
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「ショウ」

 ショウの考えに気づいていたのか、ラーダが反対するように軽く首を振った。

 身分を明かすなということだろう。

「そろそろ失礼するよ。晩飯の支度もあるし」

「あ。もうすこし、もうすこしだけ付き合ってくれないか?」

 追いすがるグレンにラーダは困ったように答えた。

「俺が言えることは全部言ったし、できることも全部やったよ。これ以上は必要ないと思う。じゃあ元気で」

 それだけを言い残してラーダはショウの後をついて出ていった。

「おれは……」

 初めて逢った祖母の血脈は、グレンが想像していたよりずっと素敵だった。

 憧れのような気持ちがグレンを支配している。

「一目惚れ?」

 だとしたら最悪の一目惚れだ。

 向こうは素性を隠したいのだから、グレンには警戒を解かないだろう。

 でも、もっと近づきたい。

 こんな気持ちになったのは生まれて初めてだった。

「また機会を見て探そう。そのときは聞いてもらうんだ。この気持ちを」

 不器用な王子は自分の気持ちに振り回されている。

 一目惚れなんて初めての経験なのだ。

 どうすればいいのかまるでわかっていない。

 それが次なる事件を招くと、この時点ではだれも知らなかった。





「ラーダってラーダ・サイラージュ妃の親戚だったんだ?」

 その日の夕飯の席でショウがそんなことを言った。

 やっぱり言われたかとラーダは苦笑している。

「あまり公にしたくないんだけどね」

「容姿がそっくりだってあの王子は言ってたけど」

「そうらしいね。俺も噂で聞いてる程度だけど」

「だとしたら名前も譲り受けたってところ?」

「うん、まあね」

 ラーダの歯切れが悪い。

 突っ込まれたくないということだろうか。

 だとしたらこの辺が潮時だろう。

「そろそろ寝ようか?」

「ショウは王位には未練はないの?」

 突然の質問にショウは驚いた。

「どういう意味だよ」

「王位はどうでもいいのかって訊いてるんだよ。ショウは王位はどうでもいいの? この国のことは興味もないの?」

「王位には未練はないよ。でも」

「でも?」

「現王家に任せていたらレジェンヌは廃退するだけだ。それを食い止めることができるなら」

 そのためなら王位は取り戻したい。

 ショウの宣言を聞いてラーダが微笑んだ。

 それがショウの望みなら果たすだけだ。

 この王子を守る。

 それがラーダの願いだった。




「月が登るな……」

 ショウに与えられた3階の自室で、ラーダは月を見ている。

 その瞳はやや赤い。

 斑になっていた瞳の赤がきつかった。

「毎晩、毎晩狩りに出て魔族を狩ってもキリがない。一掃するためには大きな魔力の導き手が必要だ。それをショウに頼むわけにはいかない。危険なだけだ」

 口調がいつものラーダのものではない。

 冷たく響く人のぬくもりの欠如した声。

「グレン。おまえに誓ったあの誓いを守るために、今の俺は戦っている。見守っていてくれ。俺が血の誘惑に負けないように」

 部屋へ戻っていつもの黒衣に着替える。

 同時に首を軽く振る。

 髪が揺れ、やがて髪が黒く染まっていく。

 同時に瞳も赤く染まっていた。

 これが妖魔の騎士の素顔だった。

 昼は黒髪は銀に。

 赤い瞳は碧と赤の斑の瞳に。

 それだけでラーダのすべてが変わる。

 昼のラーダと夜のラーダとは性格も別人なのだ。

 昼にはできない残虐な真似も夜のラーダは平然と行う。

 だから、ラーダとラーダ・サイラージュが親戚というあの話も作り話である。

 ラーダこそがラーダ・サイラージュ本人だったのだ。

 ネジュラ・ラセンは生命を懸けて戦っていた相手を妃に迎えたのである。

 ふたりのあいだに隠されていた秘密とはそれだった。

 ネジュラ・ラセンとラーダは幼なじみだった。

 だが、あるときラーダは闇世へと連れ去られ、そこで数年の空白が生じた。

 戻ってきたときには、ラーダは変わっていた。

 妖魔の騎士として振る舞うようになっていたのである。

 あの当時、ラーダは妖魔として生きていくのがいやで血も力も封印していた。

 それを知った闇神がラーダを捕らえ、妖魔の王として復活させたのである。

 それがメイディアでの宴に繋がったのだ。

 グレンというのはネジュラ・ラセンが素性を隠すために使っていた名前で、再会したふたりはすぐに恋愛的な意味で揉めるようになった。

 ネジュラ・ラセンはまっすぐにラーダを求愛し、ラーダは自分の秘密故に応えられず、逃げつづけていたのだった。

 最初は妖魔の騎士の正体がラーダだとは気づかなかったネジュラ・ラセンだが、やがてラーダの様子がおかしいことに気づく。

 そうして最終的に彼を突き放せなくなったラーダは、自分から宴をやめる。

 そうして彼の元を去ろうとしたのだが、それをネジュラ・ラセンが止めた。

 全身全霊で引き止めて求婚したのである。

 ラーダの正体を知りながら。

 こうしてラーダは生まれて初めて幸せというものを手に入れた。

 だから、彼の死後、人間を手にかけない。

 もう宴はしないと誓った気持ちは本物である。

 自分のために早世した愛する人のためにも、この誓いだけは違えないと決めていた。

「出るか。ショウのためにもこの国に平和を取り戻さなければ」

 呟いてラーダの姿は闇に消えた。




 袈裟懸けに魔族を斬り捨ててネジュラ・グレンが毒づいた。

「妖魔の騎士はなにをしてるんだっ。魔族の処理は自分でするとか言っておきながら、この体たらくっ」

 上空から降ってきた魔族を力任せに斬り捨てる。

 キリがなかった。

「愚痴の多い王子だな」

 声と共に魔族たちの断末魔の悲鳴があがる。

 妖魔の騎士はいつも姿を見せないが、鮮やかな手腕で魔族を葬っていた。

 その証拠に彼が現れると、それまで相手をしていた人間たちは突然暇になる。

 魔族をすべて彼が処理しているので、人間に関わっている余裕がなくなるのだ。

 どうやればそんなふうに戦えるのか知らないが、これで今日も一安心だ。

 これ以上の被害も出ないだろう。

「王子」

「お戻りください、王子」

「我等が皇子よ」
「くどいっ」

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