Short Story

□決め事
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仕事終わりに一息を吐く社会人が集まるとある居酒屋。アルコールのせいか、それとも仕事が終わった事に対する解放感からなのか、スーツを着崩している人が多く見られる中、二宮はスーツをきっちりと着込んでいた。ワイシャツのボタンは一番上まで留められていて、ネクタイは弛む事無く結ばれている。それが、喧騒の中に一人静かに座っている彼の存在感をより引き立たせていた。

二宮は二人掛けの席に一人腰掛けながら、左腕にした時計を頻りに見ている。誰かを待っているような雰囲気だ。
時折端正な顔立ちには似合わない眉間に出来る影は、待ち人がなかなか現れない事に対して少し苛立ちを覚えているようである。

はぁ、と小さく零れた溜め息は陽気な雰囲気に飲み込まれて消えていく。二宮は一番近い席でビールを片手に楽しげに話し込んでいる二人のサラリーマンと思われる人物に視線を移した。

正にその時だった。
二宮の前に小柄の男性が姿を現したのは。


「よぉ」


色の無いその声は押し殺された負の感情の存在を漂わせる。突然響いた声で男性の存在に気付いた二宮は、慌てて視線を目の前の男性に移した。それからすぐに席を立って、頭を深く下げた。


「大野部長、お疲れ様です」


二宮が待っていたのは、紛れも無く目の前に立つ男性だった。
二宮は大野を席に座るように促し、大野が席に座ったのを見届けてから自分も席に腰を下ろす。


前方から突き刺さる大野の視線に気付かない振りをして、二宮はメニューを大野に手渡した。大野はテーブルに肘を付いて、徐にメニューを開く。その不遜な態度に、二宮は眉間に出来た影を少しだけ濃くする。

メニューにざっと目を通した大野は、ビールと枝豆を指差してそれを頼むように二宮に告げる。二宮は軽く手を挙げて近くにいた店員を呼び止め、手短に注文を伝えた。


注文を終えた二宮はどうも不機嫌そうに見える大野に、二宮は心の中で、めんどくさい、と呟いた。一度機嫌を損ねた目の前の人物と接するのはなかなか骨が折れるという事を二宮は知っている。しかし、このまま放っておくと更に機嫌が悪くなりかねない事も知っているので、二宮には機嫌が悪い理由を聞いて大野の機嫌を整えるという選択肢しか存在しないのである。


そもそも二宮がここで大野を待っていたのは、大野に飲みに行こうと誘われたからである。大野の直属の部下である二宮は上司からの誘いを無下にする事が出来ず、仕事を終えた後にわざわざ小奇麗な居酒屋を探し手配したのだ。

ただでさえその時点で手間が掛かっていると言うのに、更に上司の機嫌を取らなければならないという事実に、二宮は頭を抱えたくなった。

 
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