Short Story

□夢現
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目が覚めると、隣には豪快に鼾をかいて眠る人の姿があった。ふわふわとした感覚を邪魔したのはこの音か、と一人納得する。どちらかと言うと眠りが浅い自分には、それはなかなかに大きい音だったのだろう。

どうにも動く気になれなくて隣の人の少し間抜けに見える寝顔を眺めていると、不意にその人の瞼がゆっくりと上がっていった。その光景がスローモーションのように視界に映る。


豪快な鼾同様、辺りも憚らず大きく口を開けて欠伸をする動きを黙って見ていると、まだ眠そうなその瞳に自分の姿が映し出された。

おはよ、と普段の数倍は滑舌が悪い言葉に、同じ言葉を返す。自分が発した音は、まるで別世界から響いているように現実感に乏しかった。


寝転がったまま上の方に視線を移すと、白い天井が汚れの無さを主張していた。その色が現実味を帯びていなくて、何だか自分だけこの世界から切り取られてしまったのではないかと思う程だった。


「どうした?」


先程より幾分かはっきりと、しかしやはり曖昧に響く音。天井に向けていた視線を隣の人に戻す。

眠そうな雰囲気は漂っているものの、その瞳はやけにはっきりとしたその人の思いを反映している。真っ直ぐに見つめられるのは何年経っても慣れなくて気恥ずかしいものなのだが、何故か今はそれに対して何も感じない。その人から送られる視線をただの事象として捉えているのかもしれない。


「……別に、何でもないよ」


その人が見せる落ち着きの中にはっきりと存在する心配の色。確かに感じているそれさえも不思議と現実味が無い。


「絶対、何かあっただろ」


確信を伴う言葉に、思わず言葉に詰まった。瞬時に否定出来なかったために生じた間は、その人が自分へと向けている色を更に濃くする。


「……何でそう言い切れんの?」
「お前が何でもないって言う時は、何でもなくない時だから」


それが確固たる正解であるかのように語る視線に、全てが見抜かれる予感がした。これ以上嘘を重ねた所で無駄だろう。


「夢を見ただけ」


静寂に染み渡るように広がるのは確かに自分の声なのに、自分ものとは違うように感じる。その違和感は、自分がこの場に存在しているという事実さえも曖昧にしていく。

 
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