喰
□見。
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カナメはそっと目を開けた。コンテナ独特の天井、珈琲の匂いと懐かしい匂い、少しだけ血の混ざった匂いにゆっくりと息を吐いた。
部屋の奥、衣擦れの音に気付いて上体を起こすと、今だぼんやりする頭を押さえる。先日の出来事を思い出すと同時に、母親の姿を夢で見たような、曖昧なそんな気分の悪さを感じて苦しそうに呻いた。
「羽赫…?」
ぼつりと無意識に滑り落ちた言葉は誰に拾われれるでもなく、部屋の奥から漂ってきた珈琲の匂いに掻き消された。
「目が覚めたか、カナメ。随分眠っていた、酷使し過ぎだ。」
四方の声に次第に覚醒していく意識、朧気だった焦点も漸く合ってきた。カナメは四方から珈琲のカップを受け取ると、その暖かさに頬を緩ませた。
起きて早々説教じみた台詞も四方らしい、とカナメは笑う。
「うん…ごめん。でも俺、漸く見付けたから。…やりたいことを、やろうかなって…。
あ、でも復讐じゃないよ?
母さんが帰ってきてくれただけで、それだけで満足したから。」
ゆらゆらと揺れる珈琲に映り込んだ自分の顔に視線を落としながら、何処と無くカナメの唇を緩ませる。
その様子をじっと見つめ、四方は何か言いたげに口を開いたが直ぐに噤んだ。言いかけたものではなく、別の話題を浮かべながら珈琲に口をつけた。
「蓮示。」
「…どうした。」
じっと見上げたカナメの碧い目に映る四方は、目を逸らさずに言葉を待っていた。そんな姿にカナメはふっ、と小さく笑った。
「ありがとう、心配してくれて。…珈琲も美味しい、あの時とおんなじ味がする。」
まるで昨日までとは別人のようなふにゃふにゃとした笑顔に、四方は視線を逸らす。
あの時。
カナメの言うあの時というのは、自分が「あんていく」で働いていた時の事だろうか、と四方は思い浮かべながら、胸の辺りにあるもやもやと一緒に珈琲を飲み込んだ。
四方は目の前にいるカナメの変わらない見た目を眺めていたが、突然何かを思い出したように慌てて飛び起き立ち上がったカナメに瞠目した。
「ていうかどうしよう!?店長の言うことなんでも聞くって言っちゃったけど、俺なにやらされんだ!?」
あわあわと落ち着かないカナメの柔らかな白髪に指を滑らせて、四方は小さく笑った。
「お前に出来ることなんて、たかが知れてる。芳村さんも無理な事は言わないだろ。」
「!!うっわ、うっわ!超失礼なんですけど蓮示!?俺だってなぁ…やるときはやる子だぜぇ?」
珈琲を溢さないよう器用に持ちながら、四方の胸の辺りにぐりぐりと額を押し付ける。赫子で小突きたかったがそんな体力もない、とカナメは諦めながら。
「お皿割っちゃうのは…その、ちょっとしたお茶目だよ。」
ムスッと不貞腐れたようにその頭を預け、小さくぼやいた。
頭上ら笑い声が聞こえた途端、カナメは顔を真っ赤にして吠える。
「わっ、笑うなこのヘタ蓮示!!」
吠えながらも笑顔のカナメに、四方は安心していた。