喰
□想。
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ゆっくりと目を開けた。
見慣れない天井は、カナメの冷静でない思考を冷ますには丁度良かった。知っている天井ならば、知っている人物がいる。知っている人物がいるならば、自分が暴れてもきっと止めてくれるだろうから。
「ごめんなさい、リョーコさん…。」
口から落ちた言葉に、涙が溢れた。
違う。泣きたいのはきっと自分じゃない。
父親を失ったばかりでなく、目の前で母親をも奪われたあの小さな女の子だ。
「…目が覚めたか。」
部屋に広がった、落ち着いた低い声に、溢れる涙を拭っていた手を止めた。
目を向けなくとも分かる。カナメは顔を腕に押し当てたまま押し黙った。
「トーカが来たら話をする。…お前も、来れそうならば隣の部屋に来い。」
四方は静かに淡々と告げると、カナメの返事も待たず部屋から出ていった。
ここは「あんていく」の二階の一部屋か、とぼんやり思う。涙は止まっていたが、腕が顔にくっついたみたいに離れなかった。
隣で話。
言わずもがな先日のリョーコの件だろう。
「ごめん、なさい…。」
掠れた声が啼いた。
あの瞬間から、目覚めるまでの記憶が無い。故にあれは夢だったのかもしれないと思わずにいられなかった。しかしカナメがいくらそう思うようにしようとしても、やはりあの瞬間がそれを阻止した。
『逃げなさい。』
耳にこびりついて落ちない音が思考することすら邪魔した。
カランカラン。
聞き慣れた音がした。
「…来た。」
ぽつりと溢れた音、カナメはむくりとソファから起き上がる。
芳村とトーカが来る前に、隣の部屋へ。
「(責められた方が、きっと幸せだ。)」
それだけを思いながら重たい足を進めた。
ズグン、と鈍く痛んだ右腕に視線を落として、頬を緩ませた。大丈夫大丈夫、そう言い聞かせて扉を開いた。
◇ ◇ ◇ ◇
まず目についたのは落ち込む皆の顔であった。雛実が居ないのを見ると、奥にでもいるのだろう。
「カナメ…さん、」
眉を下げたカネキと視線が合うと、気まずそうに視線を逸らすことしかできなかった。カナメに目を逸らされたカネキは、ショックというよりも心配そうに見つめた。カネキの知っているカナメは、にこにこと笑って軽口を叩いて…そんな人物だったからだ。今カネキの目の前に立つ人物が、別人なのではないかと思うほど、カナメは暗く落ちていた。頬やら首やら、服の袖の裂けた所やらにガーゼや包帯が当てられているのが見えた。
言葉を交わすでもなく、カナメが四方の隣、壁に寄り掛かるようにして座り込んだ所で、芳村とトーカが部屋に入ってきた。