□訪。
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「あんていく」から貰った包みが入った肩掛け鞄を確りと確認し、カナメは保護している喰種の元へと向かった。保護している、と言ってもその喰種自身は狩りが出来ない訳ではないので、回復させるためにも今カナメが運んでいるものが必要なのである。たったそれだけのことであった。

「(うぅーん、なんか…)…嫌な予感がする。」

駆け出してから大した時間は経っていない。行きも、帰りも、序でに店で過ごした時間を合わせても精々30分程度だ。

4区。まるで音を忘れたかのような静かさで建物の壁を蹴り、帰路を急ぐ彼の額にじわりと汗が滲んだ。



『カナメちゃんの勘は良く当たるよねー。それも、嫌な方が特に。』



友人の軽い声が記憶の中から再生されたと同時に、カナメは遂に目的地に辿り着いた。息を切らしている。彼を知っている者ならば、その姿から事の異常さと重大さを感じるのには十分であった。

カナメは目を見開いた。只でさえ大きな碧い瞳は、建物の陰で鈍い色に変わる。

「…、白鳩。」

わなわなと震えた唇から空気と溢れた言葉は、彼の忌々しい過去を思い出させ、尚且つ苛立たせるのには困らなかった。
ぶち、と唇から音がする。足音無く駆けられるのに、唇を噛み締めた音が聞こえるとは、なんと不思議なことか。それほどまでにこの数十分で彼を激昂させるに至ったのか。

カナメの目の前には、何も無かった。

否。

あった筈のものが、そこに存在していた筈の者が、キレイサッパリ無くなっていたのだ。

「(少し前までは、建物があって、子どもも、女の人も居た。)」

カナメは空き地になったそこに立ち竦んだ。

「行かなきゃ良かったのかなぁ…。…あと、少しだったのかなぁ…。」

優雅に珈琲を飲んでる時、彼らは苦しんでいたのだろう。

「はは…、も…白鳩なんて…」

自分が離れなければ、間違えてなければ。
カナメは俯いて顔を歪ませた。軋むような痛みが彼を襲ったが、それが“何”なのかは解らなかった。

「皆、ころ「おかえり、カナメ。」……。」

唐突に、それ以上台詞を言わせないと優しく発せられた声に、カナメゆらりと振り返った。

「…ウタさん?」

「うん。おかえり、カナメ。」


信じられないものを見るように見開かれた碧眼に、赤色は笑った。
ウタと呼ばれたその人物は、「おかえり」、という言葉を、静かに、繰り返すように、言い聞かせるようにカナメに言った。その手には、塊。

「不思議そうな顔してる。そう言えばさっきね、カナメの名前が耳に入ってさ…気になって問い質してみたら此処だって聞いて。」

「…。」

幾分か生気の戻った顔でカナメはウタの言葉を待った。

「カナメの大切なもの、壊してやったって自慢気に話してたからさ、」


至極真面目な顔(表情が余り変わらないのをカナメは知っていた)で、全く悪びれもなく、ウタは手に持っていた塊……人の頭を、ひょいと持ち上げた。


「やっちゃった。」


余りにも軽く放たれた言葉に、遂にカナメは我慢出来ずに吹き出した。


「あっはははは!ウタさんもーお茶目だなぁ!…俺にとっといてくれても良かったのに。」

「うん、でも、なんかムッとしたから。」

ひょこ、とウタの隣に立てばカナメはずるりと赫子を出した。紅い瞳が面白そうに歪められる。

「首から下は?」

「皆が食べちゃってると思う。」

「そう…残念。」


ウタが手を離した瞬間、カナメの振るった赫子によって跡形もなく頭は消えた。
どう食べたのか、もくもくと頬を膨らませて幸せそうに咀嚼するカナメに、ウタは少しだけ安心したように微笑んだ。
カナメの機嫌の変わりやすい事は知っていた。喩え、目の前で少し目を掛けていたものを奪われたとしても、完全にキレる前ならばどうとでもなるのだ。完全に、キレる前ならば。

「ウタさん。」

にぃ、と笑い見上げるカナメに、ウタは目線の高さまで屈んでやる。僅かに膨らんだ彼の頬から、何をするのか大体の検討はついていたからだ。

「はい、オヤツ。」

「ん…、ありがと。」

一瞬重なった唇から移されたモノを、ウタは何食わぬ顔で口の中で転がした。すっくと立ち上がってウタの手がカナメに伸ばされる。

「帰ろう、カナメ。」


「うん、やり返すのは会ったときにするー。」

「会えるといいね、」

「そうだねぇ、まぁ白鳩なら誰でも良いよ。歯応えあって美味しいから。」


物騒な会話をしながら並んで家に帰る二人の背中を見送ったのは、裏路地に住む猫のみであった。



 
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