□訪。
3ページ/5ページ



時は進み――


20区にある「あんていく」、白髪を風に遊ばせた少年は賑やかなそこを見上げた。かつては自宅であり職場であったその建物は、ただ懐かしさだけを彼に与えた。また、今住んでいる場所とは違い平和な20区をこの店が作り上げたと言っても過言ではないことを彼は知っていたし、何よりその姿を側で見ていたのだから断言できた。
一際強く吹いた風にハッとして、少年は思い出したように店内へと足を進めた。



人が疎らに座席に座るその間をするするとすり抜けるように歩きながら接客をする黒髪の少女は、新しく入った眼帯の少年へまるで暴言のような叱咤をしていた。しかし客はその姿を微笑ましく見守っていた。いつものあれか、とでも言うようなその店内の雰囲気に店長である芳村は苦笑いを浮かべていた。
カランカラン、と軽やかな音を立てて客の入店を伝える。

「いらっしゃいま――…っ!」

閉店間際なこともあり、遂に少年の胸ぐらを掴んでいた手を離すと、幾らか笑みをたたえた顔で少女…トーカは入ってきた客の方へ顔を向けた。しかし最後までその言葉は紡がれること無く、トーカの目は零れんばかりに見開かれていた。

「久しぶり、トーカちゃん。また身長伸びたね、元気だった?」

「カナメさんっ!」

入り口にちょこんと立ちにんまりと笑いながら首を傾け、懐かしげにそう言ったカナメと呼ばれた白髪の少年は、トーカの言葉にひらりと手を振って店内の窓際の席へと腰を降ろした。
どこか嬉しそうな笑みを浮かべそこに駆け寄ったトーカはどこか興奮気味にカナメに詰め寄った。

「久しぶりです。今もウタさんの所に?この前行った時はお店に居なかったから…」

「嗚呼、その時は丁度ウタさんに頼まれた材料を取りに行っていたからね。帰ってきて、トーカちゃんが来たって聞いたときはウタさん恨んだよー。」

「まぁ、私の用事じゃなかったんですけどね。」

「うんうん…ええと、カネキくん、だっけ?」

和やかに話をしている途中、カナメの前にコトンと軽い音を立てて薫りを立てる珈琲が置かれた。ふわりと嗅ぎ馴れた匂いにふ、と頬を緩ませると、その珈琲を置いた人物…丁度話題に挙がっていたカネキに柔かな笑顔を浮かべた。
突然名前を呼ばれたカネキはあわあわと視線を泳がせて口をパクパクさせながらもなんとか頷きカナメへ応えた。その隣で眉を寄せたトーカの姿は、幸いカナメからは見えなかった。

「ウタさんの言ってた通りだね、不思議な匂い。でも…嗚呼、やめておこう。珈琲有難う、僕が今日ここに来たのは、店長に用事があったんだ。」

珈琲のカップに一口、口をつけてその香ばしい味を楽しみながらそう告げた。瞬間、カネキ以外…―帰ろうと席をたった数人でさえも―店内にいた人達は揃って息を呑んだ。

「また、援助の話かい?」

唐突に(カネキにだけはそう感じられた)、芳村がいつもと変わらない穏やかな声色で問い掛けた。カナメはぱっと子どものような満面の笑みを浮かべて、大袈裟に頷いた。

「うん、でも一回で良いみたい。後は本人たちが何とかするって。」

「…そうかい、なら持っていくと良い。」

「ふへへ、ありがと。俺20区大好きだよ。」

芳村の返事もそこそこに、ぐ、と珈琲を飲み干して、カナメは笑顔のまま手慣れた手付きでカップを片付けると、staffonlyと書かれた扉へ消えていった。
その行動の早いこと早いこと。呆気に取られたカネキがトーカに尋ねる頃にはカナメは「あんていく」から消えていた。

「あの人は、四方さんとウタさんの知り合いだよ。…白雪要さん、多分、怒らせるとリゼよりも厄介な人。」

トーカの返答に、カネキは目を丸くさせた。カネキと変わらない、若しくは年下にも思えるまだあどけない笑顔で笑う彼が、どうしても四方やウタと年齢差がないようには思えなかったからだ。トーカはカネキのその表情から考えを読み取ったのか、それとも経験から察したのか小さく笑うとカナメの消えていった扉を見つめて首を竦めた。

「初めて会う人は皆そうなる。…昔から変わらないみたいだから、店長だけじゃなくて四方さんとウタさんも吃驚してるみたいだよ。」

「えぇ、ずっとなの!?」

案の定カネキは目を更に丸くさせて、トーカの台詞に驚きを見せていたが、しかし少し考えた仕種を見せた後、ぽつりと呟いた。

「でも、その…綺麗な髪だったね…」

何故か気恥ずかしげに呟いたカネキは、言ってからいつものトーカの罵倒が振りかかるのではとハッとして身構えるも、それが振ってくることはなかった。真っ白な髪は闇夜に映える…喰種としては目立つことは余り良い事ではないのだが、トーカはどうしたってそれを視界に捉えると安心するのだ。それを褒めたカネキに、まるで当たり前だとでも言うようにトーカはふん、と鼻で笑って芳村の「もう閉めようか、」の一言に頷くと制服のエプロンを外した。

トーカは、話でしか知らなかった。カナメのかつての凶暴性だって、今の姿からは想像もつかなかった――トーカの弟であるアヤトだけは、身を以て知っていたのだが――から、カネキに教えておきながらも知らないことばかりだったのだ。
故に、カネキもあの姿ではたかが知れていると思ってしまっても、誰も責めることは出来ない。そう、カナメを知る数少ない芳村や四方、ウタ達でさえも…。



 
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ