喰
□現。
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「蓮示ーっ!」
「!」
カナメが20区に入り、当初の目的とはまた別の目的も出来てしまった為に、四方の家へと向かうべく久方振りの地上へ降り立ってすぐ、探していた人物は彼にとって目と鼻の先にいた。
その広い背中にうずうずと口元を震わせた。次の瞬間には飛び付いていたのだが。
四方はカナメの声に振り向き、同時に飛んできたその小さな体を抱き止めた。衝撃も何もない、まるでスポンジでも抱き止めたような気分に陥りながら、腕の中にすっぽり収まり昔と変わらない笑顔を浮かべるカナメに、四方は自分の唇が僅かに緩んだのが分かった。
「久し振りだな、カナメ。」
言われたカナメはただ嬉しそうに笑顔を崩さないまま、四方の胸の辺りにぐりぐりと顔を押し当てた。まるで猫が甘えているような仕草だ。
「久しぶり、蓮示。元気そうで何よりだよぅ。そうだ!さっきね、クインケ貰ってきたの、当分此方に居るしでも「あんていく」には置いておけないからさ、蓮示のところに置いといて貰ってもよい?」
ぱっと顔を上げるなり抱き着いたまま、まるでマシンガンのように一遍に話したカナメの真っ白な髪を撫でながら、四方は相変わらずだなと思いながら頷いた。カナメはまた笑った。
「蓮示はお仕事帰り?今日も食料調達?」
「ああ、いや…今日は違う。」
「そっか。蓮示は忙しい人だもんねぇ。好き勝手やらせてもらってる僕とは大違いだ。」
軽く笑いながら四方の隣をのんびりと歩くカナメは、4区に居た頃と変わらないと目を細めた。
出会った頃とこうも変わらない人間がいるのだろうか、と四方は思考を働かせながら隣の男からクインケの入ったケースを受け取った。
「ウタには伝えたのか、ここに居ることを。」
四方の心配は、カナメの失踪でウタがどうにかなることだった。大分昔に起こった騒動がまた起きるのではないかとハラハラしたが、カナメが頷いたところを見ると大方置き手紙か、と想像できた。
「当たり前だろー?俺だってもうウタのあんな姿見たくない。…蓮示のアレもね。」
カナメは眉を寄せて声を絞り出した。普段はどこかふわふわとしたウタからは想像出来ない表情、四方のお父さんばりの説教、カナメはもううんざりだと首を振った。
「ていうか、相変わらずのコンテナハウス!お邪魔しまーす!」
いつの間にか着いていた四方の家…というより、コンテナの中へカナメは駆け出した。
慌ただしい音を遠くに聞きながら、四方はふっと笑うとケースを部屋の隅に立て掛けた。興奮のあまりソファで飛び跳ねたカナメが天井に頭を打ち付けるのを呆れたように見ながら、ため息をついた。
「あぐぐぐ…いってぇ、天井低いんだった。あ、ちょっと蓮示!笑うなよ!」
「……、笑っていない。」
「うっそつけぇ!今の間は何だよ、今の間は!」
ソファに腰掛けた四方の隣で頭を押さえながら唇を尖らせ抗議するカナメから、ふいと視線を逸らすとまた不満げな声が響いた。
直ぐに隣に体を落ち着けたのを見て、四方はカナメのこれまた相変わらずの気紛れさにため息を吐いた。そしてふと、カナメの右腕に視線をやる。あの時の怪我は四方にとっては無関係な事ではなかった。
「カナメ。まだ…治さないのか。」
「……。」
返ってきたのは無言。
四方は視線を落とした。カナメの腕は、自分を庇った際に無くしたものだった。
「蓮示のせいじゃない。ウタのせいでもない。…僕が、未熟だった、それだけだよ。」
カナメは隣に座る自分よりも一回りも二回りも体の大きな男が、小さくなるのを見て双眸を細めた。柔らかな声に四方はゆっくりと顔を上げた。
でも…、と続けようとした言葉を止めたのは、小さな体が四方の頭をやんわりと抱き締めたからだ。
大丈夫、大丈夫。そう言って髪を撫でるカナメに、四方はゆっくりと目を閉じた。