妖怪一家【序章】
□序章
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いらっしゃい。
ああ、初めてのお客さんだね。
どうぞ、席に座って。
今日は珍しく店も静かでね。退屈だったんだ。よかったらゆっくりしていってよ。
ん?この店かい?そうだな、悩める者達が集う和風喫茶…ってとこかな。
え?今まであるのに気づかなかったって?はは、そうだろうね。なんてったってこの店は悩みのある人にしか見えないから。
………冗談だって。だからそんな冷めた目でみないでよ。
…まぁ、あながち間違ってもいないんだけどね。何か飲む?この店はコーヒーが美味しいんだ。僕が好きだからね。苦いのは苦手だから砂糖とミルクは必須なんだけど。
砂糖は何個いる?10個?20個?
え?いらない?すごいね、大人だね。
……はい、どうぞ。当店自慢のオリジナルブレンドです。何をブレンドしてるのかは僕には分かんないけど。…大丈夫だよ。味は保証する。
ところで、君。
なんか入ってきた時から死にそうな顔してるね。よかったら話聞くよ。
うん…。へえ…。
会社をリストラされた挙句、妻と子供にも逃げられ、借金も。うわぁすごいベタだねぇ。こんなにベタな人初めて見たよ。
キミが人についてなきゃいられないのはわかってるけどそれはやりすぎだねぇ。
ふーん。それで途方に暮れて歩いてるところでこの店を見つけたんだ。気づいたら身体が引き寄せられていた?そうみたいだね。この店はキミみたいなのがたくさんいるから。
分かるでしょ?
え?分からない?
君には分からないかな。僕の息子達でさ。やんちゃするやつも多いけど、皆いい子で可愛いやつらばかりさ。僕は昔から身体が弱くてね。彼らにはいつも助けてもらってるんだ。家族っていいよね。とても温かい。だからキミも、そろそろ終わりにした方がいい。
キミはそんなことしなくても生きていけるだろ?人間から生気を奪うのは現代ではタブーのはずだ。
……何の話をしてるかって?
ああ、”君”のことじゃない。
「君の上にいる、”キミ”のことさ。」
そこで初めて、私は自分の頭の上に得体の知れないものがへばりついているのを感じた。
「ひっ……!!う、うわあああ!?」
赤ん坊のような大きさのソレは頭の中に直接流れ込んでくるような低いしわがれた声で言った。
『お前は何だ?何故私の姿が見える…。』
「ただの人間さ。キミのような奴らを息子に持つ、ただのね。そういうキミは疫病神だね。」
ソレの姿を目視しながらも、男は会った時からずっと微笑んでいる。その普段なら優しく見えるであろう微笑みは今の私にはとても恐ろしく見えた。
「なっ何…ッ何がッコレは……ッ」
「落ち着いて。彼は疫病神といってね。人に取り憑いて災いを起こし、生気を奪うんだ。君が今まで受けた災難も全部彼のせい。よかったね。君のせいじゃないよ。」
いや、よくはない。
疫病神…?なんだそれは。そんなの伝説上の生物だろ。そもそも生物じゃない。
『誰が離れるものか…!人間の生気は美味!見ろ、こいつの絶望で日に日に歪んでいく顔を…!私はこいつが死ぬまで生気を啜り続ける。死んだらまた他の人間に移ればいい。そうして私は力を蓄え、生き続けることができる。力の弱いままのらりくらりと生きるのはごめんだ!!』
頭の上で疫病神がシャシャシャと笑っている。そうか、私はこのまま死ぬのか。コイツに生気というのを奪われ続けて…。
「残念だなぁ…。」
男の顔が初めて曇った。
私は男の目を見て凍り付く。
なんだ…?先程まで談笑していた男の目はこんな目だったか?
男は本当に悲しんでいる。
決して偽りの色はしていない。
ただ、その瞳は何か違うものを写している。何か達観しているような。
死を見たことがある目。
しかも信じられない数のをだ。
ゾッとした。これが人間のする目だろうか。
「キミが考え直してくれたら、僕の息子になって欲しかった。家族になって、幸せというのを味わって欲しかった。でも…ダメみたいだね。」
その時、私は自分達を囲む複数の気配に気づいた。それは疫病神も同じだったらしい。
『おい…何を…。』
「人間に一方的に危害を与え、人間とそうでないもののバランスを崩すキミみたいなのを放っておく訳にはいかないんだ。それはキミ達の仲間も同じ。」
『ヒッ…!?』
私の真後ろにいた背の高い男が疫病神を掴み持ち上げる。
その瞬間、ストンと身体の重みが取れた気がした。これが憑かれていたという事なのか。
しかし後ろを振り返り男の顔を見上げて、私はまた凍り付く。
目が一つしか無いのだ。
人並み以上の身長に引き締まった筋肉がその身体を包んでいる。その顔に鼻は無く、しかし薄暗い部屋でもはっきり分かる程大きな瞳が青く輝いていた。
『や、やめろ…。私はッまだ…ッまだ.あの味を…ッッ!』
「終わりなんだよ。」
座っていた男が静かに言った。
「さようなら。」
『嫌だああああああああ!!!!!!!!』
ブシャッッ
嫌な破裂音と共に一つ目の男は掴んでいた手を握り潰した。
疫病神は砂のように消えて無くなった。
夢…なんだろうか。
怪しい喫茶店に、怪しい主人。そして人とは思えない者達…。
私は長い夢でも見ているのかもしれない。
「そう。これは君にとって夢でしか無い。」
男が心を見透かした様に話かけてくる。その顔には先程までの冷たい色は無い。
「君が今見たのは人間の世界で暮らしていたら普通遭遇することの無い出来事だ。人間は干渉してはいけない。僕はまあ例外。君は明日からまた普通の人間としての生活を送るといい。きっと君なら大丈夫。だから今日のことは忘れてね。覚えていてもしょうがないことだ。」
急にひどい眠気が襲ってきた。
目の前が白く霞んでいく。
最後に聞こえたのは、結局名前もわからなかった謎の男の通る声。
「悩みを持った”人では無い者達”が集まる喫茶店”ブバルディア”へのご来店ありがとうございました。今後ともご贔屓に。」
普通の町の普通の商店街。
ポツンと佇むその喫茶店は、客が入っている様子も無く、店員の姿もほとんど見られない。
だけど潰れることも無く何年もそこにある。
人は興味を示さない。
あるのは知っているが入ろうとは思わない。話題にも登らない。
そこに通うは、現代で居場所の無くなった妖怪などの人では無い者達。
1人の人間を父に持つ家族達である。