ヴァンパイア騎士

□わがままな首輪
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「悠は樹里と一緒になって幸せ?」と悠にとっては愚問だったかもしれない。
だって、悠は世界一樹里のことが好きだから。私はそんなふたりを見ながら育ったのだから。
悠は慈愛に満ちた表情で「幸せだよ」と樹里を思い浮かべながら言うものだから、何だかこっちら照れてしまった。
兄のこんな一面を見る日が来るとは思わなかった。でも、悠はずっと樹里のことが好きだったからすぐに納得できる。
それに、樹里が居ない屋敷で悠とだけお茶会を日が来るなんて夢にも思わなかった。
樹里に知られたら私ですら、怒られるんじゃないかって心配していたのに、悠は普通に「可愛い妹には手をださないよ」と言わんばかりの顔をするものだから、こっちの心配損に終わった。
お茶会から帰宅すれば、愛しいはずの旦那様の姿がみえない。
私だけが愛しいと思っているだけなんだけれど。
また、元老院にでも行っているのだろうかと考えてみたけれど、やっぱり彼の思考は理解できない。
ネグリジェに着替え、ベッドに潜り込んで帰りを待ってみる。


「帰ってきていたのか」

「ただいま、戻りました。お兄様も出掛けていたの?」

「少しな」

「そっか。悠と樹里、幸せそうだったよ。お兄様はまだ悠に嫉妬してる?」

「何を言っている」


上着を脱ぎ捨て、ベッドに腰掛ける李土の横のそばに行きたくてベッドから起き上がる。
背中に抱きついてみるけれど、李土がいまどんな表情をしているのかは想像がつく。
きっと、無表情に違いない。
李土にとって私は何だろう。樹里のスペアなのかな。
双子の姉樹里は太陽の光が似合うと言われるくらい皆に好かれる。
私はどうだっただろう。いつも樹里や兄たちの後ろに隠れているばかりだったかもしれない。
それだから、吸血鬼の友達がいないんだくらいのこと樹里に散々言われたな。
そんなことを考えていたら、疲れが出てきたのか少し眠くなってきた。
背中を伝って李土が何か話しているのがわかる。その振動ですら私には気持ちがいい。
「聞いているのか?」少しイライラしているのか口調が荒い。
眠くなってきていたけれど、李土の機嫌が悪くなる方がすぐに寝かせて貰えなそうだから
応えることにした。


「何か言った?お兄様?」

「その呼び方は止めろと言ったはず」

「んー、李土って呼ぶよりお兄様って呼んだ方が私はしっくりする」

「悠はおまえの特別か」


“悠は特別か”って言葉が眠い頭に半鐘する。
そこまで彼を特別だと思ったことはない。ただ、私に優しくしてくれる吸血鬼のひとりとしては好きだ。
けれど、それは恋愛感情とかと言われたら違う。


「悠はふわふわしてて呼んでも怖い顔しなかったから自然と呼べるようになった。それに、私は悠の特別にはなれないから」

「…樹里のことか」


“樹里のことか”それは李土に、そのまま言い返したい言葉でしかない。
私は樹里にはなれない。そのことは李土自身がわかっているはず。
樹里が悠と共にいることを選び、お父様とお母様がそれを祝福した。
あの日ほど、李土の機嫌が悪かった日はなかったのではないだろうか。
だって、あの日の李土は私が貧血を起こすまで血を啜っていた。
悠が止めに入らなければ私はミイラのように干からびていたかもしれない。
何だか、それを考え始めると笑えてきた。


「お兄様はきっと何もわかりませんよ。私がどうしてここにいるのかなんて」

「俺からの恐怖からか」

「そんな単純な理由なら悠たちの元へ逃げていますよ。それに、あの日あなたにあんなにも血を吸われた私のことをそんな風にしか考えられないのなら、一生私はお兄様としか呼びませんよ」


冷たい視線を浴びせたところで李土にとっては痛くも痒くもないだろう。
こんなにも愛しているというのに、気付いてくれない李土が憎い。
どうして、私をきちんと見てくれないのだろうか。
樹里じゃなくて、この私を。


「…響華」


急に呼ばれた名前は酷く心地の良いものだった。
いつの間にか、李土の腕の中にいる。なんでこんなにも簡単に私を引き寄せようとするのだろう。
私はいつだってそうだ。この人が冷たいと言われていても私にだけはふとした瞬間に優しさを与えてくれる。
この優しさに甘やかされて牙をたてられることを許している。


「…李土、この責任はとってもらうからね」

「ああ」


そっと、首筋にたてられた牙に抗うこともなく、その牙が刺さる感覚に神経を集中させる。
餌としての覚悟はあった。でも、それ以上に私を大切に扱ってくれる李土から私は離れられないのだと思う。


20180515
title/空想アリア

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