ヴァンパイア騎士

□始まってすらいない
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「枯れた大地に水をやったところで、その大地は潤うわけではないの」
彼女がそう言いながら、窓を見るのには理由があった。
玖蘭悠の忘れ形見と言える、玖蘭枢がいる場所を見つめるため。
「見守るだけ」そう言いながらも、彼女の目に写っている景色は、悠たちと過ごした日々だけなんだろう。
彼女が好きだと言った男は彼以外に僕は知らない。
悠が死んでから10年以上経った今でも僕のことを見ようとなんてしてはくれない。
これは、僕の片思いなんだ。
そう、思えば心が楽になるはずなのに逆に苦しくなる。
彼女は、今でも死んだはずの吸血鬼を想っているからだ。


「ねえ、灰閻。あなたはずっと私のそばにいるわね」

「そうですね。僕はあなたのそばにずっといますよ。響華さん」

「ありがとう。でも、いずれあなたも悠みたいに消えてしまうのよね」


そう言いながらも、僕をずっと解放しようとしないのは彼女の寂しさからなのかもしれない。
純血種という永遠に等しい時間を生きる彼女は、100年前に知り合って以来、僕の心を離そうとしない。
あんなにも、吸血鬼を恨んでいた時から、響華さんだけは特別な存在だった。


「樹里に似たあの子。枢はちゃんとあの子を守りきれるのかしら」

「大丈夫ですよ。僕もそばにいますから、万が一のことは起こらないと思います」

「あなたは、元老院という組織を知らなすぎる。きっと、この状況を監視しているはずよ」


彼女は自らが元老院から逃げられないのだと思っている。
悠たちを殺した人を知っているからだと、前に言っていた。
それだけで、なぜ彼女が逃げられないのかはわからない。


「そんなに、難しい顔をしないで。最近のあなたは昔と違って表情豊かになっていると思うの」

「昔って…そんなこと思っていないでしょ」

「そうね。あなたなら、まだ私のそばにいてくれるのでしょ」

「ええ、僕の身が朽ち果てるまでは、あなたのそばにいますよ」


遠まわしな台詞に、きっと気づいているのに、それを知らないフリをするのは響華さんの一番残酷な部分でもある。
それでも、彼女にはその残酷な部分でさえ自分の性格だと言い切ってしまう。
純血種にとって、皆残酷な一面は持ち合わせていると彼女はいう。
それが、見て見ぬフリをするだけのこと。


「あなたをここで食べてしまえば、もっと私のそばにいてくれる?」


そのひとことが、寂しさを紛らわせるための戯言だとしても、この命が朽ち果てるまで僕の想いは変わることはないだろう。


始まってすらいない


20140828
Title:彼女の為に泣いた

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