短編

□星河一天
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夜空に瞬く 満天の星空―…


一つ一つが 輝きを放ち、集結して その空を彩る。

…そんな天の中で 一際、強い輝きを放つ アルデバランと呼ばれる 赤き星…

その星に向かって 祈りを捧げる、一人の少女。


少女は空を見上げる。



『もう直に 赤き月が登る…』



…少女は 夜風に靡く草原から 草木を採集すると 森深くにある 小屋へと入って行った。





















「ライア…」



退魔の剣に選ばれし 勇者の魂を持つ者…

深き蒼の瞳を 眠る女性に向ける青年の名はリンク。

至上最年少で 近衛兵へと昇級し、たゆまぬ努力と その類稀なる剣術で 退魔の騎士へと任された ハイラル随一の天才剣士だ。

彼は今、100年前の真相と 厄災を鎮めるために 孤軍奮闘する ゼルダ姫を救う為 巡礼者であるライアと共に ハイラル各地を旅している。



「ごめんな…。俺がこんなだから…怪我、させてしまって…」



リンクは ベッドで眠る ライアの汗ばんだ額に掛かる 髪を掻き分け、濡れたタオルを当てた。



「どうだい、娘子の調子は…。眼、覚めたかい?」

「…いいえ、まだ…」




レイクサイド馬宿の主人、ワノリーは 馬宿のふかふかとした ベッドで眠るライアを 心配そうに 覗き込んだ。



「そうか…。まだ目が覚めないか…。」



ライアの掌を包み込み、不安の表情を浮かべるリンクへ ワノリーは視線を移す。



( くそっ…、こうして手を握って 側に居てやることしか 出来ないのか、俺は…)



どうすることも出来ない 己の不甲斐無さに、苛立ちを覚えるリンクの心根を察したワノリーは 屋外で薪に当たる 馬宿の高齢な従業員、ソウヘイを呼び立て 何やら話を始めた。



「…どれ、少しワシに 診せてみなされ。

 こんな老い耄れでも 知識だけは、お役に立てるかも 知れんからの。」



話を聞いた ソウヘイは、リンクと反対側のベッドの淵へ歩む。

眠るライアを 覗き込むと、苦しそうに肩で息をする ライアの表情を まじまじと観察した。



「…お兄さんや、娘子が倒れる前 何があった。」

「倒れる前…、ですか?」



リンクは脳内にある記憶を 遡る。



「…此処に来る道中、ハイリア大橋を渡った後 街道の分岐点に差し掛かった時、魔物に急襲されて 戦闘になったんです。」

「…その時、娘子は 何処かに怪我を?」

「…そう言えば、青ボコブリンの爪が 擦れて 引っ掻き傷を負った、とは 言ってましたけど…」

「…それじゃな。それはどっちの腕じゃ」

「…右腕、だったと。」

「すまぬが 見せてもらうぞ」



ソウヘイは ライアの七部丈の袖を 捲り上げ、右腕の二の腕を 露出させる。

赤く横一文字に入った 傷口の周囲が、打撲痕と共に 赤く腫れ、熱を帯びていた。



「…青ボコブリンの爪には 毒となる成分が含まれておる。

普段悪さはしないが 身体が疲れていたりすると ごく稀に こうして悪さをする事があるのじゃ。」



リンクは ライアに無理をさせていた、と 自責の念に駆られる。

…もう少し早く、ライアの体調に気付けていれば…。



「…治りますか?」



ソウヘイはリンクの心情を 察し、優しく微笑み掛けた。



「ああ、大丈夫じゃ。案ずる事はない。ただ…」

「…ただ?」

「このまま熱が続けば もっと悪さをするかもしれん。」

「…熱を引かせれば ライアは助かるんですね?」

「そうじゃ、しかし…熱を引かせる薬草が ある事にはあるんじゃが…」



ソウヘイは 馬宿の主人、ワノリーへと 薬草袋を持ってくるよう依頼する。

ワノリーが番台の下にある棚から 薬草袋を持参すると ソウヘイは 蝋燭が灯るサイドテーブルの上で 中身を確認するように 薬草を取り出した。



「希少な薬草故に、枚数がない。」



薬草袋の中に一つずつあった ツユクサの葉とヤブコウジの根を見て ソウヘイは述べる。



「今ある薬草で 幾日かはどうにかなるが…。」

「…俺、その薬草 取ってきます」



リンクは ソウヘイの瞳を真っ直ぐに 食い入る様に 見つめる。

リンクの眼差しを見たソウヘイは 静かに頷き、微笑んだ。



「娘子はワシらが 責任を持って看病しておくが故、頼めるか?」

「…もちろんです。」



リンクはソウヘイに薬草の特徴を聞くと 背後にマスターソードとハイリアの盾を背負い、ベッドの淵にある椅子から 立ち上がった。



リン、ク…



ライアに背を向けた時、ライアの弱弱しい声が 耳元へと届く。



「ライア、必ず薬草 取ってくるから。待ってろな」

行かない、で…

「…大丈夫、すぐに戻ってくるから。」



ライアの掌を強く握り締め 額を撫でてやる。

朧気な意識の中で リンクを見送るライアの掌を そっと離すと リンクは馬宿の入り口へと 向かって行った。



「お兄さん」



リンクが エポナに乗ろうと準備をしていると
ワノリーが 跡を追い掛けてくる。



「すみませんがライアのこと、頼みます。」

「それはもちろん、任せておくれ。」



ワノリーはエポナに騎乗したリンクに まだ何かを伝えたそうに 側で立ち竦んでいる。

そんなワノリーに気付いたリンクは 視線を向け 言葉を促した。



「いや、水を差すつもりは ないんだけど…。

もう直、赤き月の夜が来る。

 フィローネ地方では 赤き月の夜に "真のライネル"が現れるという 伝承があってね…。

大丈夫だとは思うけど、お兄さんも道中気を付けて」

「…分かった、心して向かいます。忠告ありがとう」



薄暗く映える 夕景の黄昏に向かって リンクはエポナと共に 歩み出した。






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