P
□誰にも渡したくなかったからで、
1ページ/1ページ
あれから数週間が経った。
初めは千羽もアイツらも戸惑いをあらわにしていて、俺もどうしたものかと思ってはいた。
けど、千羽は自ら船に馴染もうとしていたかいもあってか、俺のサポートや船の手伝いをするうちに、仲間達も千羽を受け入れていた。
今では一輪の花。馬鹿の集まりのように毎日千羽の名前が船に飛び交っている。
「千羽!今日は魚料理だぜ?お前鯛好きなんだろ?」
「ちゃんとポテサラあんのか?千羽は芋が好物なんだぜ!」
「食べてる時幸せそうだもんな!」
『魚大好き!!芋も好きです!!夕飯楽しみだなぁ』
「おう!期待してろよ!」
今もまた、掃除をする千羽を囲み、仲間達が騒いでいる。またゾロゾロと集まってきて、千羽が掃除しずらそうだ。
エ「お前ら遊ぶのも大概にしろ!!」
「船長が言うなよ!!」
「そーだぜエース!お前のがいつも遊んでんだろwww」
「飯に目がねぇしな!」
エ「んなことねぇ!!!」
『フフフッ』
アイツらが大笑いする中、千羽もクスクスと笑っていた。
それが嬉しいような、少しイラつくような不思議な感覚に見舞われて、複雑な思いだった。
それを隠すかのように、散れ散れっ!と群がる奴等を追払うと、千羽は心底楽しそうに笑っていた。
エ「ったく…」
『クスッ。エースさんは本当に慕われていますね。』
エ「そ、そうか?」
『はい、皆さん、楽しそうです。』
エ「…お前はどうなんだ?」
本当はどう思っているのか気になった。心の底では、早く降りたいと考えてはいないだろうか?
私ですか?と俺の目を真っ直ぐに見る千羽。その視線は俺の心を読まれてしまいそうで、俺は目をそらした。
『すごく、楽しいです』
エ「そ、そっか…」
『村にいた時とはまた違って、海軍の船にいた時なんかとは比べ物にならないくらい、楽しい…。』
エ「…」
気付けば千羽は海を見つめて、何かを思い出しているようだった。
『…あの、「エース!!ちょっと来てくれ!!」』
エ「どうした!?」
何かを言いかけた言葉は、慌てた仲間の声に遮られた。
その様は時間を要する雰囲気で、俺も気持ちが切り替わる。
悪い…と千羽を見ると、大丈夫だと俺を促してくれた。
何を言いかけたのか、気にならなかったと言えば嘘になるが、今は優先順位が違う。後で聞くことにしようと、俺は仲間の元へと走る。後ろ髪を引かれながら…。
ログの指す航路が徐々にズレているという問題があった。それはこの偉大なる航路(グランドライン)では不思議でもないことで、何とか調整することが出来た。
終わる頃には、もう夕飯時。腹が鳴りやまないので、俺達も急いで飯の元へと足を運んだ。
そこは既に宴会のような騒ぎ様で、ひたすら賑わう中心には千羽が見えた。奴等に絡まれても笑っている様子に、また小さな苛立ちを感じる。
直ぐにその輪に入り、また奴等に一括すると、ヤキモチか?などと馬鹿な返しと笑いが聞こえてきた。
エ「そんなんじゃねーよ!!!千羽を困らせんじゃねぇってんだよ!!!」
「わかったわかった!」
「だから火消せ!!火!!!」
『大丈夫ですよエースさん!私すっごく楽しいですから!エースさんも早くご飯食べましょう!』
エ「お、おう…。な、何か饒舌だな、千羽…。千羽?」
『はい!』
いつもと様子が違う千羽をよく見ると、頬を赤らめてフワフワと笑っている。その手には木樽ジョッキが抱えられていて、周りには何本かの酒が転がっていた。
確か、千羽は酒が苦手だった筈だが?
エ「お前、これ全部飲んだのか!?」
『はい?』
エ「バカか!?おい!誰だこんなに飲ませたの!!千羽は酒飲めねぇんだぞ!!」
勧めたらポンポン飲むもんだからてっきり飲めるのかと思って…なんて間抜けな言葉が聞こえた。
当の本人も大丈夫ですよ、なんて呂律が回らなくなってきている。何が大丈夫なものか。
先ほどの小さな苛立ちから一転。
何に対して腹を立ててるのか自分でもわからなかったが、とにかく怒りが湧いてきた。
俺は周りの奴等を殴り倒し、その勢いで千羽を連れ出した。
『もう、宴は終わりなんですかぁ??』
エ「っあー終わりだ!ったく、限界もわからねぇで無茶しやがって…嫌なら断れ!てか無理なんだから飲むな!!」
『飲めますよ〜?』
既に聞こえていないのだろう千羽に言い聞かせるように、歩いていた足を止め、俺は千羽と向き合った。両肩に手を置き、千羽の目を見つめると、そこに理性はないように見える。
エ「千羽!断りづらいのはわかる、けどな?無茶して死ぬようなことがあったらどーすんだ?」
『??』
エ「ハァ、理性も飛んでんじゃねぇか…。…何かあったら、どうするんだよ…」
『ん〜?』
エ「そんな顔で、アイツらと飲んでたのか?」
『ンフフ、はい!』
エ「楽しそうだな…」
『はい!』
エ「っ…」
楽しいならいい、そう言ってやりたい気持ちもある。でも、そこに俺がいないことが、どうしても気に食わなかった。だってよ、俺が傍にいたら、こんな風にならなかっただろ?俺のいない間に、アイツらが、何しでかすかなんて…わかんねぇんだぞ?
半ば諦めたように鬱向いた俺の表情は、きっと今歪んでるんだろう。
その時、頬に暖かさを感じた。
『エースさん?』
エ「…なんだよ」
『楽しかったんです、けどね?』
エ「…っ」
『エースさんがいなくて、寂しかったです。』
ほんとに寂しそうに頬に触れる千羽。そんな顔、他の奴らに絶対見せるなよ?どうせ無意識なんだろうけどな…。
エ「じゃあ、ずっと俺の傍にいろ」
『…?』
エ「それなら、寂しくないだろ?」
『…はい!』
きっと明日には忘れている。聞こえてないだろう言葉だとわかっていても、俺の思いは嘘じゃなかった。
俺が君の手を握り返したのは、
―この無防備な笑顔を…
[誰にも渡したくなかったからで、]
*2015.9.16
確かに恋だった様から頂いたお題B