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□My beloved person
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「また出掛けるの?」
「ああ、やらなきゃならないことがまだまだ沢山あるからね」
そういって彼は、楽しそうに微笑んだ。
「楽しそうね」
ソファの肘掛に凭れながら呟くと彼は手を止めて振り返る。
そんな何気ない素振りに私は違和感を覚えた。
「そう見えるかい?」
「ええ、とっても楽しそう
まるで子どもが新しい遊びを見つけたみたい」
そういうと彼はしばらく私の顔を見ていたけどすぐに笑みを濃くして私の言葉に同意した。
「ああ、確かにそうかもしれないな
久しぶりに退屈を忘れられているよ」
私の知らない彼の楽しそうな顔がおもしろくなくて投げやりに相槌をうった。
「自ら番犬の元へ行くなんて……
あなたって実はアンドロイドだったの?」
先日彼が読んでいた本にアンドロイドを狩るハンターに故意に接触していたアンドロイドがいたことを思い出す。
彼は、馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「そうすると僕は最終的に生き残れる訳だ」
「そーね、でも身体は捧げなきゃね」
冗談めかしていうと彼はくだらないとばかりに頭(カブリ)を振って支度を再開した。
「キミは、いつもよくそんなことが思いつくもんだ」
「ふふ、ありがとう」
彼の皮肉も、気付かないフリをして微笑む。
「そんなにいそがなくてもいいじゃない」
妙に支度の手が早い気がして彼にポツリと呟く。
「 私の誕生の日から、死がその歩みを始めている。急ぐこともなく、死は私に向かって歩いている」
そんなことを淡々と呟く彼に私は不満気に頬を膨らます。
「きっとあなたはろくな死に方しないわよ」
「 人は決して死を思考すべきではない。ただ生を思考せよ。これが真の信仰である」
「政治家の言葉なんて嫌いよ
それにあなたに信仰心なんてないでしょ?」
「 ベンジャミン・ディズレーリは、小説だって書いてるよ」
人を小馬鹿にするように鼻で笑う彼の鼻っ柱を物理的にへし折ってやりたくなったがきっと私じゃ彼には敵わないんだろ……。
本当に憎らしい。
それでも憎らしさ以外の感情が私の中にあるせいできっと今も私はここにいる……。
そんな取り留めのないことを考えている間に彼の支度は済んだようで立ち上がった彼を見上げる。
「行くの?」
「ああ」
「そう、いってらっしゃい」
短くそう言って彼から視線をそらす。
これが、最後かもしれない……
ふと、そんなつまらない予感めいたものを感じた。
予感なんて、チンケな物信じるのはしょうに合わない。
合わないが、今彼を行かせるのはなんだか嫌で急いで彼の後を追う。
「待って!!」
ドアに手をかけていた彼に声をかける。
普段声なんて張ることが無いからか
振り返った彼も少し驚きの色が隠せないでいた。
「 一体、そんなに慌ててどうしたんだい 」
彼は、薄い笑みを浮かべる。
「…………」
咄嗟に呼び止めはしたが私に彼を止めることなどきっと無理だ。
そんな術も言葉も思いつかずただ情けなく立ち尽くす私に困ったように彼は笑った。
「何でも、ないわ………呼び止めてしまってごめんなさい……」
彼の顔を見ていられなくて俯く。
「……そうか、じゃあ、行ってくるよ」
「うん、行って、らっしゃい」
ドアを開ける音に釣られて視線を上げる。
振り向くことのないその背中を見つめて
無気力に微笑む
ドアが、完全にしまった後もしばらく私はその場から動けずにいた。
無機質に閉まったドアを前に静寂で満ちてしまったここで私は独り呟く。
「さようなら………愛していたわ……」
言葉は、静寂の中に溶けて消えてしまう。
呟いた後から何故かじわりと視界が滲み頬に温かいものが流れる。
ゆっくりと、頬に触れ指先に視線をやるとそれは濡れていてやっと自分が泣いていることに気付く。
「泣くなんて、いつぶりかしらね……」
自虐的に微笑んで胸に生まれた喪失感に浸った。
ただ、ひたすらドアの前で
行ってしまった彼を待ちながら………。