story
□ランチ
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泣いた。
隠れ家で。
場末のバーで。
風の便りにあの男が死んだと聞いた時から。
好きにならなければよかった。
会わなければよかった。
厚い胸板に一瞬だけ抱かれた時感じたあの暖かさを、もう二度と感じられないのだ。
「お客さん、もうそのぐらいにしといたら…」
「うるせぇ!もっと飲ませろ…」
バーテンがしぶしぶおかわりを出すと、その女の目は真っ赤だった。
乱暴な言葉遣いや、ミリタリールックを見れば、普通の女性では無いことは、バーテンにはすぐにわかった。
そして、彼女にとって本当に、辛く悲しいことがあったことも。
「ふぅ…」
先程から飲み続けていたウィスキーのダブルをぐいっと飲み干すと、女はクシャクシャな高額紙幣を無造作にカウンターに置いて、言った。
「あんがと。じゃあな」
「は、はい、ありがとうございました。」
重いドアを開けて外に出れば、夜霧は深く、肌寒い。
遠くで汽笛のうつろな音がする。
それはまるで…彼女の心そのままだった。
「はっはっ…」
「はーっくしゅん!」
ポンっ
「アラ?ここはどこかしら?」