うつろいの日々[小説]
□全てが変わった日
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“祭”と書かれた提灯の明かりが消され、辺りは静寂に包まれている。
夏特有の生ぬるい風が、夜の大坂城の城下町をなでた。しかし、それを遮るのは石造りの平屋ばかりで、人の気配は全くない。半刻前までの祭り騒ぎが、まるで夢だったように感じる。
その感覚は、何処か戦と通じている
と青年は思った。
始まったと思えばすぐ終わり、ふと辺りを見渡せば、終わりを告げる静けさ。そして、祭り提灯のように一時だけ輝き消えてゆく命。
つい昨日まで一緒に笑いあっていた者が、今日隣りで死を遂げている。それが、戦国だ。
しかし、それはいつか終わらせなければならない。永遠に続いてはいけないのだ。
彼──徳川家康はそう考えていた。
長きに渡る人質生活。その中で、彼はいろいろな人々の生き様、死に様を見てきた。周囲からの評価に浮かれ、油断し敗れた者。民衆を恐怖でつけ、家臣の謀反により呆気なく人生を終えた者……性格も政治も人間関係も全て違う彼等だが、一つだけ同じことがあった。
彼等が傷付き倒れると、必ず誰かが悲しむのだ。悲しみは憎しみ、恨みへと変わり、復讐劇へと発展する。そしてまた誰かが死に、悲しみ、憎しみ、恨み──負の連鎖が続いていく。
このままではいけない。誰かが、その鎖を断ち切らなければならない。
だが、今の家康は豊臣軍の傘下にあり、兵力も国力も乏しい。ただでさえ世迷い言、綺麗事、も言われる可能性が高い考えだ。何の力もない家康に、誰が賛同し味方しようと思うのか。